第7話 学園のアイドル、パーフェクト・ラブリー

 マナカを助けた翌日。


 俺は普段通りに高校へと向かっていた。


 昨日のマナカとの一件があったので2、3日ほどサボろうかとも思ったものの、


「休んじゃうと、あっちも色々疑念を膨らませることになると思うよ? なんくるないさー」


 そうクロに助言されたこともあって、いつも通りに登校することにしたのだった。

 もちろん話を聞かれても知らぬ存ぜずを突き通すつもりだ。


 そもそもマナカとは単にクラスが同じというだけで、今まで一度も話したことはない。

 加えて友達付き合いが極端に少ない俺と違って、マナカはクラスの中心的存在であって男女問わず友達も多い。


 同じクラスとはいっても、俺とは住む世界が違っているのだから、そこまで強引なアプローチはしてこないだろう。


 だから俺はやや楽観視しながら、普段と同じ時間、ホームルーム開始10分前に教室へと入っていった。


 特に親しいわけではないものの、時々話をする何人かのクラスメイトと流れで軽く挨拶をかわしてから自席へと向かってゆく。


 マメに毎日持ち帰っている教科書とノート、ジーニアス英和辞典をかばんから取り出しては机に詰め込んでいる時だった、


「おはよう、鶴木辺つるぎべくん」


 マナカが俺の席までやってきて挨拶の声をかけてきたのは。


 そのとたん、一瞬だけ教室がざわっとした後、波を打ったかのようにすっと静まり返る。

 教室内に存在する全ての意識が、一斉に俺とマナカへと集まったのが肌で感じられた。


 そりゃそうだろう。


 今までろくに話したこともなかった、その他大勢のモブクラスメイトたる俺に、クラスの女王様たる愛園あいぞのマナカが、仲良しグループとの朝のおしゃべりタイムを中断して、わざわざ自分の方から声をかけにいったのだから。


 正直俺も、まさか朝一で問答無用の凸撃を喰らうとは思っていなかったわけで。


「あ、おはよう愛園さん」


 だがたとえ不意打ちを食らおうとも、俺がやるべきことに変わりはない。

 ただ知らぬ存ぜずを突き通すのみだ。


 にこっと笑う。

 モチのロンの作り笑い。


 笑顔とは最大の防波堤だ。

 害意のなさを表すと同時に、本心をみせないことで相手に微妙な距離感を抱かせる。


 ――ふっ、方針さえ決まっていれば不意を打たれようとも、いかようにも対処できるのだ。

 敵を知り己を知れば百戦して危うからず。


 対マナカのシミュレーションは完璧だ。

 昨日はいきなりだったからちょっと失敗しただけなのだ。


 マナカだってまさか、教室でことさらに注目を浴びてまで、昨日のことを根ほり葉ほり聞いてくることはないはずだ――、


「あの、鶴木辺くん、昨日はその、ありがとね」

 ――はずだったのだが?


 少し照れたようにはにかんだマナカは、上目遣いになりながら、しかし剛速球のド真ん中火の玉ストレートを投げ込んできたのだった。


 実に可愛かった。

 面と向かって話すのは昨日と今日で通算2度目だが、それだけでも存分に伝わってくる圧倒的な可愛らしさ。


 さすがは「学園のアイドル」だの「パーフェクト・ラブリ」ーだの言われるだけのことはある。


 そして――興味本位、羨望、疑念、嫉妬。

 様々な思惑を抱きながら、しかし一点だけは一貫して――つまりクラス中が俺とマナカの会話に聞き耳を立てているのがひしひしと感じられた。


 これは、まずい――非常にまずい。


 闇の世界に生きる俺である。

 陽の当たる日常でむやみやたらと目立つのは、はっきり言って困るのだ。


「えっと、なんのこと? 愛園さんとは今まで話したことがなかったはずだけど……」


「むむっ、まだそれを言う? 昨日の夜のことだよぉ。助けてくれたじゃん。見間違えなはずないよぉ」


 夜……会ってた?

 愛園と鶴木辺が……?


 マナカの爆弾発言に周囲がざわつく――いや、どよめいた。


 くっ、この天然リア充女子め……自分がクラスでどういう立場にいるか本当に分かっていないのか?


 お前のことを知ろうと。

 お前に気に入られようと。

 お前の気を引こうと。


 クラスメイト全員がお前の一挙手一投足を、その全てを見ているんだぞ。


 はっ――!?

 ま、まさかとは思うが、全部分かった上でやっているのか!?

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