第6話 古い記憶

 ――僕は、夢を見ていた。


 まだ何も知らない子供だったころの、古い記憶だ――。




 目の前には一面の赤、あかあか


 あかに染まる海が広がっている。


 熱い熱い炎の海だ。


 見慣れた柱や梁がほのおにまかれては、見るも無残に燃え落ちてゆく。


 太陽が中点を頂いてもなお、寒さ残る啓蟄けいちつの晴れ空を、重々しく塗り替えてゆく黒煙は、見るものすべてに更なる凶兆を予感させるものだった。


 炎の奥では剣戟けんげきが鳴り響き、怒号と悲鳴が交錯する。


 そんな真っ赤な地獄絵図の中に、時おり混じるは蒼いほのお


 幽鬼のようなそれは、悪鬼羅刹のごとく縦横無尽に暴れまわっては、次々と命を散らしていった。


 《蒼混じりの焔ブルーブレンド》を前に、大切な人たちの命の灯が一つ、また一つと散ってゆく。


 そんな惨状の中、物陰に隠れた僕は、必死に息を殺して縮こまっていた。


 手の中には、


「お守りだよ」


 そう言って大好きな姉から渡されたピンクの携帯電話。


 僕はただ、それを握りしめて、握りしめて――握りしめつづけた。


 全てが終わって取り返しがつかなくなる、その時まで、ずっとずっと。


 僕は隠れながら、携帯電話を握り続けた――。




 ――俺は、夢を見ていた。


 まだ何もできない子供だったころの、もう2度と取り戻せない、古い記憶だ――。



「か――はっ――ぁぐ――っ」 


 トラウマに誘発された心因性の過呼吸がおこって息が苦しくなり、それによって意識が覚醒へと向かい始める。


 この夢を見た時はいつもそうだった。

 医者の見立てによると、過換気症候群と呼ばれる心因性のものらしい。



 ――今日もまた、1日が始まろうとしていた。


 《蒼混じりの焔ブルーブレンド》を討滅するために、ヤツの手掛かりを求めるための1日が――。

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