狸が。
はぐれたくつした
狸が。
いつからか、平等を好んでいた。
幼い頃スクールカーストに悩み苦しみ、どういう立ち居振る舞いをすれば、自分にとって最良か選んできた。だけどそれは自分がしたいようにしてるのではないから、どうしても息苦しい。結局、自分に嘘をつくのに耐えられなくなり、本来の自分の立ち位置におさまる。すると、やっぱり思っていた通りの出来事ばかりで悩み苦しむ。
人間はそれぞれ外見や考えが違う。それなのにみんなと同じでないことは目立ち、標的になりやすい。馬鹿な世の中だ。周りに迎合する事を社会が強要している。
みんなおんなじだったらいいのにな。
その思いが純粋に育っていき、人間と人間以外の生き物にも差はないと考えるようになった。あるべきでない。と。
月日は過ぎて、車を運転するようになった。その日も、変わらない毎日の為に会社に通っていた。
何かが道路上にある。避けて通り過ぎる。
嫌な気持ちになった。動物の死体だと思った。
何も珍しい話ではなく、今まで何度となく目にしている。今度は自分が轢いてしまうかもしれないという思いが当たり前にある。
人はなんの覚悟も無く、動物を殺している。
これが人ならどうなる。誰かが倒れていれば誰しも助けようとするはずだ。動物も助けてあげればいいじゃないか。助けようとした時すでに事切れていたとしても、車の通らないところへ動かしてあげればいいじゃないか。そうすればきっと、礼服を着た彼等が手厚く葬ってくれるはずだ。なのに人はそれすらしない。
挙げ句、さらに轢いて彼等の弔いを妨げる。同じ人間同士では墓標まで建てて弔うというのに、あまりに非道い。
少し先の安全な場所に車を止め、歩いて動物のいた場所に向かった。
すると、いない。痕跡も無い。
田舎道、一本道。見間違う訳がない。もっと戻った辺りかと、いると思った場所よりだいぶ戻ってみる。やはり何も無い。
不思議ではあったが、何もないに越した事はない。自分の視覚に疑問が残り若干不安だが、目の前で命がなくなっているよりましだ。
車に戻り、エンジンをかけるとラジオが挨拶してきた。
今日もお疲れさん。
気軽に、「お疲れ。」と返した。
今日のパーソナリティーはいつもと違う人だ。声に親近感が充ちている。まあそもそも性別が違う。
走り始めるといつもの声が聞こえた。曲紹介を始めたその声は、耳馴染みのある声だ。さっきのお疲れさんの人はパーソナリティーじゃなかったらしい。
CMかな?不思議と親しみを感じる声だったな。
などと考えているうちにアパートに帰り着いた。部屋には安いウイスキーがあり、好きなソフトドリンクで割って楽しんでいる。ちなみに、日々の終わりを素面で乗り切ることが長い間できていない。
部屋に戻ろうと、助手席に脱ぎ捨てたジャンパーを拾い上げた時、「おわっ」と叫ぶ声がして、思わず自分も、「おわっ」と叫んでしまった。突然だったので思いの外狼狽えてしまった。助手席になにかがいるらしい。
するとそれはジャンパーの中から顔をだし、
「いきなり掴むなよ。痛いだろ。」と言った。
まだ一滴のアルコールも入れていないのに目の前で狸がしゃべっている。そういえばさっき、自分の視覚に疑問を持った。今度は聴覚か?
「お前、もしかしたらしゃべれないのか?」
いよいよもって疑問じゃ済まないようだ。きっとすでに脳神経がやられていて、今日明日中には迎えが来るんだろう。
「ああ、そうか。俺がしゃべっているのが理解出来なくて困惑してるのか。」
困惑どころじゃない。しかしある程度の覚悟は出来た。きっと本当に死が近いんだ。きっと本当に脳神経がおかしくなっていてこの状況にいるんだ。と。
少し落ち着いたら、動物と会話できるあり得ない状況に心がおどりはじめた。
「ああ、悪い。さすがに頭がおいつかないけど、こういう機会もまず無いし、この際楽しもうかと思うよ。ここ俺の部屋なんだ。」
「お、そうか。んじゃメシ食わせてくれよ。」
その素直な図々しさを受け入れる。
鍵を開けて部屋に入るといつもより生々しく、容赦なく自分の部屋があった。夢という都合のいいものの可能性も潰え、死をより強く感じた。生き永らえるとしても、今までと同じ日常を過ごすことはないだろう。咽び、泣きそうになった。普段、この命がいつなくなっても構わないと思ってたくせに、いざ死を実感すると、こうも生きることに執着している。矛盾と疑問だらけの変わらない日常が続くことを望んでいる。
自分こそ矛盾している。少し可笑しくなった。
覚悟し、受け入れ、メシを作る。
「お前、わりと料理できんだな。」
「わりとは余計だ狸さん。」
料理中から会話ははずみ、彼には名前が無いので
狸さん。と呼ぶことにした。
「なんでも美味しそうに食べるね。」
「いやだってうめぇもの。」
屈託の無い言葉に嬉しくなる。
「ついでにお酒も呑んでみる?」
一緒に呑みたくなったので、聞いてみた。
「とりあえずどんなもんかもらうよ。」
ウイスキーの水割りと、甘いソフトドリンクで割ったものを用意して、味見してもらう。
「どっちも嫌いじゃ無いが、どうせならそのままのやつくれ。」
勝手な話だが、狸は酒が強いと思っていた。予想が当たり、また嬉しくなる。
「はいどうぞ。」
「お前は変なやつだな。」
「なんぞいきなり。」
「俺は今日みたいにしてくれる人間にはじめてあったよ。」
「まあそりゃ狸に人のメシ食わしたり酒呑ます人間なんて、そんなにはいないだろうね。」
「いやいや、それもそうだけど車を止めてくれたことさ。俺、これに乗ってみたかったんだ。」
「あれは狸さんを乗せる為に止めたんじゃ無いよ。車に轢かれた動物がいた気がして見に行ったんだ。」
「車に轢かれた?俺は道の真ん中で、車に乗せてくれ。ってしてただけだぜ?」
道の真ん中でしないで。本当にあせるから。とはいえ、あの時見たのは目の前にいる狸さんでなにも轢かれてないことに良かったと思った。
「そうだったんだ。でも、それなら車に乗る前に挨拶のひとつでもするもんですよ。」
「乗る前に挨拶したら乗せてくれないだろ?」
「言われてみれば。多分逃げるわ。」
「だから乗ってから挨拶したんだよ。」
今日もお疲れさん。狸さんだったのか。親しみの感じるこの声をずっと聞いているのに気付けなかった。やっぱり動揺してんだろうな。と思った。
狸さんとの呑みは、気の合うおっさん同士のそれとなんら変わりなく、その中でお互いの生活を語り合った。
狸さんは最初から自分に目をつけていた。今日出会ったあの道を、毎日決まった時間にゆっくり走っているのを見ていたらしい。その中で、
他の人間とは違った動物に対する行動
をしていたのが気になり、今日の対話の場を作ったそうだ。
「ちょっと前に轢かれて死んだ狸がいて、お前、道から外れたとこへ動かしたろ。ありゃなんでだ?」
「そのままだとまた轢かれたりするから。まあ、なんか、申し訳ない。って気持ちをごまかしてるんだよ。」
「また轢かれたって変わりないだろ。もう死んでるんだから。」
「まあなあ。なんも変わらないけど、自然に還るってかさ、あそこで、ずっと晒しっぱなしってのはかわいそうだろ。」
「そういう考えなのか。んじゃたまに死体を拾い上げてどっかに連れてっちゃう奴らもそういうことか。」
「ああ、きっとそうだよ。」
咄嗟に嘘をついてしまった。彼らの行き先は焼却場だ。自分の職場だ。狸さんが見ていたのは職場からの帰り道。そこを通る前に、毎日ごみを燃やしている。彼らは文字通り、
ごみ扱い
なのだ。
刈り取られた草木、 期限の過ぎた食べ物、病気になって殺処分された家畜、その他諸々、生き物は人間の都合でごみにされ、廃棄され、うちにくる。轢かれた彼らも同様に。
命をいただくことは、生きる為に必要だから当たり前にする。他の生き物だってそうしてる。しかし人間は命を奪っておきながらただのごみにする。何故こんなことがまかり通るのか。神がいるなら聞きたい。何故人間はここまで非道いことをして赦されているのか。などと罪の意識はあるが、結局変わらぬ日々の為にそこで働いている。
「狸さんは人間をどう思ってんの?」
「大嫌い」
「そりゃそうだよね。好かれるとこないもんね。」
「でも、話せて良かったよ。ただ横暴な生き物ってんじゃないんだな。」
「まあ、どうなんだろね。」
「俺、お前の話次第じゃ殺してやるって思ってたんだ。人間に一矢報いてやるってな。」
ずっとこの距離にいるんだ。狸さんがその気になればいつでもそのくらい出来るんだろう。自分より数倍大きな生き物に対して、そう思える意志が羨ましい。冷静にそう思った。
「あいつを轢いてった人間もお前と同じ人間なんだから、そんなに嫌な奴でもないんだろ。まあなんか拍子抜けだがお前とは仲良くなっちまったしもういいや。呑もう。」
あいつ。きっと狸さんと親しい存在だったんだろう。それを奪ったのが自分達人間。罪を感じ落ち込んだが、狸さんのさっぱりとした態度に救われ、狸さんの怒涛の呑みっぷりに感化され、いつしか寝ていた。
朝になると、たくさん呑んだわりにさっぱりしていた。狸さんの存在は既になく、彼とあけたウイスキーが転がっていた。
どうやらまだ生きてるらしい。
また、変わらない矛盾と疑問に満ちた日々を送ることになりそうだ。
「さて、会社いくか。」
支度をはじめると、ジャンパーが無い。
故人からもらった大切なものだが暖かくなってきてるし、もう必要ないだろう。
狸が。 はぐれたくつした @sirotokuro
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