第151話 転職⑦

悪くない条件。

ただ一つ、暴力団の関係がなければ、喜んで引き受ける話。

俺は、答えを渋って考える。


「何か問題ある?」


「大家が・・・」


「大丈夫だって。この前、紹介した時、親分気に入っていたよ」


「え?」


(もしかして、紹介したのはこの日の為?)


「ほんとだって」


「この間は組長さんが俺に会いたいって言っていたんじゃ?」


「そんな事、言ったっけ?」


「言ってましたよ」


(とぼけたオーナーだな)


「悪い話じゃないから引き受けてよ」


「うん・・・」


「お金貯まるよ~」


「わかりました」


(まあ借金するわけじゃないからいいか)


結局、押し付けられるように店を譲り受ける事になる。


「改めて大家に会いに行かなきゃね」


「またですか?」


「今度は、借主としての引継ぎの話だからね」


エレベーターで上の階へ向かう。


(また行くのか)


気が重くなる。


「お邪魔しま~す」


この前と同じような光景が目に入ってくる。


「どうした?家賃はまだ早いぞ」


「実は、俺、子供が生まれるので結婚して田舎に帰ることになりまして」


「何だって?お前、店を閉めて逃げるのか?」


親分の声のトーンが変わる。


(こわっ・・・怒ったのか?)


「店は、続けます」


「この彼が引き継ぎますので」


「あ~この間の男だな」


「はい」


「うちは、家賃さえ入れてくれれば何も言わないから」


(急にやさしくなったな・・・)


「はい」


「家賃は手渡しだからここに月末に持って来いよ」


「はい」


(表情は穏やかなのに、凄みがあって貫禄のある人だな)


俺は、会話の間ずっと直立不動。

ここにいると何故か固まってしまう。


(俺、やくざの男ではなく部屋の内装に緊張しているのかも)


「何かあったらすぐに駆けつけるから連絡いれろ」


「はい、わかりました」


(何かあっても連絡しないほうがよさそうだな)


「よろしくな」


「じゃ親分長い間お世話になりました。この後、彼をよろしくお願いします」


オーナーは深々とお辞儀をする。


「わかった。幸せになれよ」


「はい」


俺達は、部屋からでて事務所に戻る。


「一応言っとくけど、組に動いてもらったら、それなりに報酬が必要だからね」


「やっぱり・・・そうですよね」


(トラブルがあっても、ぎりぎりまで自分で対処したほうがよさそうだ)


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