第150話 転職⑥
オーナーが俺の傍に来て肩に手を置く。
「うちで働いている男です」
「そっか」
オーナーは俺の背中をそっとつつく。
(あ・・・あいさつしろって事かな?)
「初めまして、よろしくお願いします」
深々とお辞儀をする。
「ああ、よろしくな」
「これからも彼をよろしくお願いします」
(これからも?オーナーは、何を言ってるんだ?)
「まあ頑張ってやれ」
「はい」
俺達は、再度深々と頭を下げてから部屋を出る。
ドアを閉め、エレベーターに乗る。
「はあ~緊張しましたね」
「そう?慣れるよ。すぐね」
「あの若い衆?ずっと睨んでいましたね」
「知らない顔だから警戒していたんだろ?」
「俺を?」
「組長の間に立って、もしもの時は親分守る為だと思うよ」
「なるほど・・・しかし、ザ・ヤクザって顔していましたね」
「あはは、確かに恐い顔かもな。でも身内にはやさしいから平気だよ」
「身内にはって・・・」
(敵には鬼になるって事か)
俺は、苦笑いする。
「なんで俺をあそこに連れて行ったんですか?」
「親分が会わせろって言ったからだよ」
「え?」
(親分が?何で?)
「さあ仕事、仕事」
「どうして親分が俺なんかに?」
(どういう意味だ?)
「さあ~」
そういってオーナーは事務所に入っていく。
「ちょっと・・・」
(何だよ、これって・・・ごまかされた?気になるな)
俺は、モヤモヤしたまま、仕方なくそのままチラシを貼りに行く。
一日中その事が気がかりで仕方がない状態。
暴力団とは、あまりかかわりたくない。
そんな事も、毎日忙しく仕事している間に忘れてしまう。
三ヶ月ほどしてから、オーナーが俺をわざわざ喫茶店に呼び出す。
「なんですか?わざわざこんな所に・・・」
「いや、実は事務所じゃ話できなくてね」
(なんだよ?嫌な感じだな)
「とりあえず何か飲む?」
「アイスコーヒーでいいです」
(もしかしたらクビかな?)
オーナーは手をあげて店員を呼ぶ。
「すみません、アイスコーヒーを二つ」
「はい」
「さてと・・・」
「話ってなんですか?」
オーナーの言葉と、俺が言葉がほぼ同時で重なる。
「遼君、お金貯まった?」
「は?まあ・・・」
(金の話?)
以前、女に世話になっているから、給料はほとんど貯金してると話をした事がある。
(金を貸してほしいのか?)
俺は、他の店の貼り子よりも多く給料をもらっている。
(金の話だったら断りづらいな)
「実は・・・」
俺は、緊張で喉が渇いたので、アイスコーヒーを一気に飲んで話を待つ。
「できちゃってねえ~」
「はあ?」
(何を言い出すんだこの人)
「実は、子供ができたんだよ」
「もしかして、あの子と?」
「そう、あの子。知ってる?」
「はい」
オーナーは、店で働いている女の子と付き合っている。
直接話を聞いていなかったが、女の子達の話を聞いて知っていた。
「店をやめて田舎に帰ろうと思ってね」
「そうなんですか」
「今日、明日って事じゃなくて一ヵ月後くらいかな」
「結婚するんですね。おめでとうございます」
「ありがと。そこで、提案なんだけど」
「何でしょう?」
「この店を引き継がない?」
「え?俺が?」
「店を閉めるのはもったいないしね」
「俺なんかが出来るかな?」
「平気だよ。簡単だよ」
「う~ん・・・」
「それで店の権利を格安で買わないかなって思ってね」
「あ~それでお金の話」
俺は前のめりだった身体を椅子の背もたれに付けて足を組む。
ちょっとホッとする。
(な~んだそういう事か。金を貸せって事じゃなくてよかったけど・・・)
「それでどうかな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます