第149話 転職⑤

電話でオーナーとは話してあったので、直接店に向かう。


「こんにちは、今日からお世話になります」


(あれ?)


「よろしく」


「ビラ貼りの先輩じゃないですか」


「久しぶりだね」


そこには、俺が最初に仕事を教わった男がいる。


「オーナーだったんですか?」


「そうだよ」


「自分の店は、全部自分でやらないと落ち着かなくてね」


「そうだったんですか」


俺は、店の経営者だった事に驚きながら一つ事を思い出す。


(この人、俺が捕まった時に逃げた薄情な男だったよな)


ここで働くのが少し不安になってくる。


「うちも最近忙しくて自分でチラシ撒いている場合じゃなくて・・・」


「これから、よろしくお願いします」


俺は、軽く頭を下げる。


「俺が教えたように、どこでも貼れる所はバンバン貼ってね」


「了解です」


(あの時の話はスルー?・・・まあいっか)


ここの店は、働くようになっていろいろ内情がわかってくる。

事務所がちょっと、いわくつきの部屋。

又貸しで借りている部屋で、組織へのケツモチ料金を合わせて割高の家賃を払っている。


いつものようにチラシをとりに店に寄る。


「今日、ちょっと会わせたい人がいるから一緒に来てくれる?」


「はい」


(会わせたい人って・・・何か嫌な予感)


事務所を出てオーナーの後を付いていく。


「どこに行くんですか?」


「すぐ近くだよ」


エレベーターに乗り上の階を押す。


「あれ?上に行くんですか?」


「うん、そう」


エレベータのドアがあいてフロアに出る。

中程まで進んで行くと、他のドアと全く違うドアがある。

木製の豪華なドア。


(特注だ・・・もしかしてここ?)


「ここだよ」


(やっぱり・・・)


「あっ!」


(これって・・・)


そこには一枚の大きな木の板に書かれた文字


「○○組?ここってまさか・・・」


「うちの事務所の大家さん」


「あ~でもここって」


「やくざの事務所だよ」


「俺に何を?」


(ヤクザって・・・)


「やさしい親分さんだから、平気だよ。さあ、入ろう」


そう言いながらインタホンを押す。


「おう、誰だ?」


中からドスのきいた声。


「中野です。家賃持ってきました」


「入れ」


ドアの鍵があく。

ドアを開けると見るから悪そうな男が立っている。

彼は、スタスタと中へ入って行く。


「こんにちは~今月の分です」


「そこに置いとけ」


奥のソファーに踏ん反り返っていた男が答える。

俺は、入り口に立ったまま。


(この人が?)


直視しないようにチラチラと男の顔を見る。


(どこがやさしいんだ?見るからにヤクザじゃん)


俺は、緊張からずっと直立不動のまま。


「どうだ?儲かっているか?」


「まあまあですね」


俺は、二人の会話を聞きながら部屋の中を見渡す。

やくざ映画でみたような組の名前入り提灯。

豪華なソファー。

神棚などもある。

どこから見てもやくざの事務所。

さっきの若い衆らしき男は、親分らしき男との間に立ち俺達を睨んでいる。


(なんか、嫌な感じだな)


ソファーの親分らしき男が俺の方を見る。


「そいつは誰だ?」



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