第75話 同棲生活④

「遼」


「はい?」


「ちょっと、こっち来て」


京介は近づいて隣に座る事もなく立ったまま手招きをする。


「はい、どうしました」


俺は、電話ボックスの横まで向かう京介の後に続いて歩く。

京介は振り向く。


「由美ちゃん、やばくねえ?」


「どうしてですか?」


「死ぬとか、叫んでいるぞ」


「いつもの事でしょ」


「そうかなあ」


「気を引こうとして、言っているだけですよ」


「そう思いたいけど、様子が変だぞ」


「電話は?」


「まだ繋がっているよ。でも・・・」


「でも?じゃあ、俺がでます」


(酒に酔ってじゃないのか~全くこの忙しい時に)


「もしも~し」


「・・・・・」


「もしもし?」


「・・・・」


「由美?・・・繋がってる?・・・聞こえる?」


呼びかけても気配はするが反応がない。


(変だな。酔っ払って眠ったかな?)


俺は、しばらく受話器を耳に押し付け耳をすませている。

少し胸騒ぎがする。


(寝てるだけだろうけど・・・」


電話を切って隼人を探す。

俺は、今日指名の席が複数ある。

今、店を抜ける訳にいかない。


「隼人、ちょっと」


「どうしました?」


「俺、指名客いるから帰す訳にもいかず、外出も出来ないから代わりに由美の家に行ってくれないか?」


「いいですけど、何かありました?」


「由美の様子が、いつもと違うんだ」


「心配ですね」


「多分、酔っ払って寝ているとは思うけど、電話が繋がったまま静かなんだよ」


「そうですか」


「京介さんが話した時は、死ぬとか叫んでいたらしくて」


「自殺ですか?まさか、あの由美さんが?」


「お前もそう思うだろ。そんな事、するような女じゃないはずだけど一応・・・」


「わかりました」


タクシー代を渡して部屋まで向かわせる。

しばらくすると隼人から連絡がくる。


「遼さん、やばいです。すぐマンションに来て下さい」


「どうした?」


「由美さん風呂場で倒れています。血だらけで・・・」


「様子は?意識は?落ち着いて状況を言えよ」


(マジかあ・・・やっちまったか)


「血がすごくて・・・救急車呼びますか?」


動揺は抑えられないが、俺は、深呼吸をして冷静に考える。


(救急車か・・)


「電話来てからそんなに時間経ってないし、やったばっかりだから救急車呼ばなくていいよ」


(ここは、俺が落ち着かないとな)


「隼人、落ち着いて聞けよ。風呂場だよな?血は手首から?傷口は深い?」


「よくわからないです」


「浴室から出せそうか?」


「一人じゃ無理です。それに由美さん裸で・・・」


「じゃあ、すぐ腕を上げてタオルでもいいから押さえて止血しろ」


「やり方わからないですよ」


「俺も詳しくはわからないよ。心臓より腕を高くして出血部分押さえてればいいよ」


(俺も適当だな)


「はい」


「意識は?」


「息はしています。酒臭くて酔っ払っている感じで目はうつろで朦朧としていますね」


「そうか、俺、お客ほっといて行けないから、何とか早く切り上げて行くよ」


「早く来てください。なんか怖いっすよ」


「わかった」


俺は、急いで客達を全員適当な理由をつけて帰す。


「店長、由美が自殺未遂だと思いますが、手首やっちゃって部屋まで見に行ってきます」


「それは大変だ。仕事はいいから、急いで行って来い」


「すみません」


由美は、店にとってもいいお客だったのですんなり行かせてくれた。

京介にも一緒にきてもらう。

二人で、急いでタクシーに乗る。






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