第15話 初めての接客
俺達は緊張して何をしていいかわからないまま、真樹と二人で席に着く。
城の席。
昨日、話をしていた人だったから、少し安心する。
席に着くと客に紹介される。
「今日からこの二人は俺達のグループに入って、ヘルプで着くからよろしくな」
「遼です。よろしくお願いします」
名刺を差し出す。
「え?この人どうしたの?」
「ばか!おまえ人の客に名刺渡してどうすんだよ。」
「え?」
「他のテーブルでそんな事するなよ。誤解されるぞ。」
「すみません」
どうやらはお客を盗る行為はこの世界では、ご法度。
店でのホストの指名替えはできない。
女性が違うホストを気に入っても、この店では指名出来ないルール。
「他のグループでやったら、いざこざになるから絶対するな」
「はい」
「とりあえず二人は、グループ全員の席にはヘルプとして座っていいから」
「はい」
「それより早く飲み物作れよ」
「あ・・・すみません。すぐ作ります」
俺は、急いで水割りを作ろうとする。
「おいおい!客に何を飲むか聞かないのか?」
「あ・・・」
「お酒飲めない客だっているし、水割りを飲むとは決まってないし」
「大変ね~新人さんは。頑張ってナンバー1目指してね」
俺達は、お客に励まされる。
お客はたまに友人を連れてくるときがある。
一緒にきたお客のことをエダと言う。
城がいろいろ教えてくれる。
「枝にはどんどん名刺渡していいから、その時はがんばってアピールしろ」
「はい、わかりました」
そうやって同じグループ内で客を増やしていくのだ。
この世界でも、いろいろルールがあって難しい。
一つずつ覚えていくしかなさそうだ。
「お前達も飲んでいいから、自分で作って飲めよ」
俺と真樹は、水割りを作る。
城は、ウーロン茶。
「自分が飲む時は、必ず指名者かお客に許可をとってから飲む事」
「はい」
「何回か席に着いてれば許可とる必要もないけど、口うるさい客は、何かと言うから気をつけて」
「はい、わかりました」
「じゃ乾杯しよう!」
グラスとグラスを重ねる。
「おつかれ」
「おつかれさま~」
お客が明るく言う。
(お疲れ?)
「城さん、なんでお疲れなんでしょう?」
「俺達は、仕事中のお疲れ、来るお客は仕事終わってお疲れって事かな?ま、細かい事は気にしない。今日一日お疲れ様って事だ」
「なるほど」
乾杯をして飲み始めたはいいが、何を話していいかわからない。
俺と真樹はだまって二人の会話を聞いているだけ。
「タバコも吸いたければ吸っていいぞ」
「はい」
会話にも入ってこれず、ただ座っているだけの二人に気を使い話してくれている。
「一応タバコを吸う時は、一言断ってからのが無難かな」
「はい、わかりました」
しかし、ゆっくり吸っている事はないのが現状。
タバコは火をつけても、すぐに次の席でヘルプの仕事があり一回吸ってすぐ消して席を立つ事になる。
あっという間に、一箱がなくなってしまう。
今の俺達は、ヘルプの仕事と言っても水割りを作ったり灰皿交換がほとんどだった。
そうこうしているうちに、城もあわただしく席を立っていなくなる。
「じゃ俺はヘルプで行ってくるからこの席を頼むな」
「はい」
(頼むなって言われても・・・)
その席は、静かな会話のない席になる。
「まいったな、真樹なんか話せよ」
肘でつつき、小声で真樹に言う。
「お前が話せよ」
客はつまらなさそうにタバコを吸っている。
城が戻ってくる。
ホッとする。
「おい、梶さんや、赤坂さんの客も来たから急いで席へ頼む」
「はい」
まだ二人は出勤前。
お客は来たのに指名ホストがいない。
指名者が来るまでお客を楽しませるのもヘルプの仕事。
急いでフロントのリストを見ると、俺と真樹に五つのテーブル番号が書いてある。
主任が声をかける。
「席わかるよな?急いで行って酒作ってこい」
「はい」
俺達は、別々にホストが誰も座っていないテーブルに向かう。
急いで席に着き、挨拶をする間もなくお酒を作り始める。
俺は、梶の席。
「いらっしゃいませ」
「おはよう。初めて見る顔ね」
「あ、はい・・・」
今の俺達に、洒落た会話は必要ない。
灰皿交換と酒作りだ。
お客をテーブルに一人にしておくのはよくない事。
俺達は、座っているだけでもよかった。
「ねえ梶は、まだ来てないんでしょ?」
「はい」
「ほんといつも出勤遅いわね~」
「すみません」
「あんたが謝ってどうすんのよ」
「すみません」
「また・・・あなた、謝ることしかできないの?」
「すみま・・・あっ」
「も~いいわ」
イライラして怒っている様子。
(早くきてくれ~)
心で祈るしかない。
俺はタバコをふかし、グラスの中が少なくなった客のお酒を作るだけで何も話せない。
空気が重くなり席に座っているのがどんどん苦痛になる。
何杯も水割りを作る。
お客の体にアルコールがどんどん入っていく。
「ちょっとあんた、なんかしゃべりなさいよ。」
いきなり言われて、俺は固まってしまう。
「・・・・・」
(やばい、怒りの矛先が俺にきた?)
「ちょっと」
「・・・・・」
何も話せない。
かといって逃げ出すわけにも行かず、愛想笑いをして客の水割りを作るのが精一杯だ。
「ちょっと!これどうすんの?」
指した指先を見るとタバコをくわえている。
客がタバコを吸う時、火をつけるように教わったが、タイミングがつかめない。
ライターでつけようとしたら息で消される。
「カチャ」
「フゥー!」
「カチャ」
「フゥー!」
何回つけようとしても消される。
(この女、何がしたいのだ?)
「百円ライターでつけないでくれる?」
「はあ・・・」
「タバコがまずくなるでしょ!」
そう言って自分のライターで火をつける。
見るとダンヒルのライター。
(なんて傲慢な女なんだ)
それでも何か話さなければと思い声をかける。
「お仕事は何をされているのですか?」
「ばーか」
「・・・」
会話にならない。
相原がテーブルにやってきて席に着く。
(はあ~よかった!)
俺は、ホッとする。
二人は、テンポよく会話がはずんでいる。
俺の事は、全く無視状態。
俺に対する態度を全く違って明るく楽しそうに話している。
(さっきの生き物と同じなのか?)
しばらく二人を見ながら座っていても会話に混ざれない。
俺は、グラスに酒を補充し灰皿も交換してだまって二人を眺めていた。
(楽しそうに会話するんだなあ)
俺の周りだけ違う空間のようで、いたたまれなくなる。
俺は次のテーブルを期待しつつ、吸殻の入っている灰皿を持ってそっと席を立つ。
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