第13話 ホストクラブ入店

オーナーに辞めてホストになる事を告げる。


「お前ら、ばかだなあ。難しい世界だぞ」


「やるだけ、やってみます」


そして、俺は一樹と一緒にホストクラブに初出勤。

夜の10時半にコマ劇場の前で一樹と待ち合わせをしてから店に向かう。

到着すると劇場の前はタバコの吸殻がたくさん落ちていて、待ちあわせの人や座り込んでいる若者がたくさんいる。

電柱横でもたれて待っている一樹を見つける。


「ふあ~~」


俺は、さっきからあくびばかり出る。

俺のあくびしている姿につられたのか一樹も同じ様にあくび。


「オッス!お待たせ。一樹〜俺さ緊張して眠れなかったよ」


「俺も、俺も」


店からは、夜中12時の開店一時間前に来いと言われている。

お互いに慣れないスーツ姿を見て、ふざけてつついたり、叩いたりして冷やかしながら小走りで店に向かう。


「孫にも衣装だな!」


「おまえもな!」


俺は、店で使う源氏名を考えるようにと言われていたので、いくつか考えてきた。

いくつか用意するのは他のホストと被る可能性があるからだと言っていた。

本名を使わないって言うのは初めてで芸能人にでもなったような気分で照れくさい。

かっこいい気取った名前をいくつも考えてきた。


店の建物の前にきて、立ち止まり二人とも沈黙したまま、しばらく上の階を見上げる。


(ここか・・・)


そして、深呼吸をしてエレベーターに乗る。


「いくか!」


俺は声を一樹にかける。


「おう!」


「あはは!お前、おう!って・・・」


「じゃ、なんて言うんだよ」


「まあいいや、入ろうぜ」


店に入ると店内は明るく、客で行った時の薄暗い雰囲気とはまるで違う。


(照明でこんなに違う雰囲気になるもんなんだなぁ)


「失礼します」


一樹と俺は大きな声で挨拶をして店に入る。


「お前らは誰だ?」


ホストらしからぬ、小太りの年配の男が寄ってくる。


「あの・・・これ」


あのヘルプで名刺をくれたホストの名前を出し説明する。


「ああ、今日から来る新人か、聞いているよ」


「よろしくお願いします」


「じゃ上着を脱いで、あそこにいる彼に何をすればいいか聞いて」


「はい」


「まずは、オープンの準備してくれ」


「はい」


そう言って、さっさとフロントの奥に入っていってしまう。

言われた通りその男に近づき、挨拶をする。


「こんばんは。今日から働くのでよろしくお願いします」


見るからにさえない、暗い感じのホスト。


「仕事を教わるように言われて・・・」


「じゃ俺のやってる事を見ながらやって」


ぶっきらぼうに言う。


「それと、深夜でも挨拶は、おはようございますね」


「あっはい!わかりました」


(サービス業は、昼夜関係なく挨拶は同じか)


前のクラブのバイトでも夕方に「おはようございます」と言っていたのを思い出す。


先輩ホストは、テーブルにクロスをはりキャンドルを置く。

そしてコースターを置き、その上にグラスをセットする。

俺と一樹は見おう見まねで順番に各テーブルを移動していく。


「新人は最初に店の準備からするんだ」


「はい」


まあそれはどこの世界も当然の事だろう。


準備をしながら気付いたのだが、テーブルや床の絨毯や壁など結構汚れている。

タバコのヤニとか、こげ痕だ。

あの時感じたキンキラした華やかな店の中とは全く違って見えたのでいささかショックである。


「先輩、なんか明るいと汚いっすね~」


一樹が言う。


「ねずみやゴキブリも、その辺りをよく走っているよ」


「ゲッ!まじ?」


(ねずみ?やばくない?)


そしてセッティングが終わり、先輩が各テーブルのチェックをする。


「だめだめ!全然できてない」


「ここと、ここ。ここもだめ。やり直し!」


「あのーすみません、どこがだめなのかわからないんですが」


「はあ?」


気だるそうに説明する。


「ここと比べてみろよ。クロスのシワ。グラスやキャンドルの位置が微妙にずれているだろ?」


「あっ・・・なるほど」


「細かく言うようだけど完璧にやれよ」


「は、はい」


準備も終わり店がオープンする時間が近づいてくる。

緊張感が高まる。

一人また一人とホストが出勤してくる。

店の中は照明が落とされ、出勤してきたホスト達は奥のソファに座り待機。

俺たちがアリスに紹介されたグループのホスト達は、まだ誰も来ない。


太った貫禄のある男が俺達に向かって近づいてくる。


「お前達、面接がまだだったよな。今からするからそこに座って」


「はい」


「俺は、ここの店長だ」


「初めまして、よろしくお願いします」


「後、あそこにいるのが専務」


最初にあった年配の男だ。

よくよく考えると、俺達は面接もなく店にきて、いきなり準備をやらされていた。

面接もしないで働いているというのも変な話だ。


店長は、簡単に店の説明する。


「ここはホスト達の個人営業の場所で店は場所を提供しているようなものだ」


後、店のシステムや給与など細かく説明を受ける。

そんな事も知らずに働くのも無謀だったかもしれない。


「営業は夜中12時から朝5時まで」


「基本給は少ないけどやれば頑張った分だけ給料はアップするから」


いわゆる歩合制みたいなものだ。


「指名料、同伴料、ヘルプ料が各千円」


「はい」


「ところで店名は、どうする?」


「店名?」


「考えてきたんだろ?店の中で使う源氏名だよ」


「あ〜そうでした」


「名前で売れるわけではないが、インパクトのある覚えやすい名前にしたほうがいいぞ」


「一応考えてきたんですけど、真樹でいいですか?」


「お前も考えてきたんだ」


(一樹は本名の一字を入れるのか)


「ああ、いいよ。その名前は、うちにはいないから」


「俺は・・・遼でいいでしょうか?本名と同じなんですけど」


「いいけど、苗字くらいは変えたほうがいいぞ」


「一応考えたのが、ここに書いてあるんですが・・・」


一樹は、書いてきた名前を店長に見せる。


「これも、これも・・・これもだめだな~」


はじかれた名前は、すでに店にいるホスト名や、別の店の有名ホストの名前。


「他店の有名ホストの名前は、なるべくさけたほうがいいからな」


「そうなんですか?他店のホストなんて知らないし」


「下手に使ってると、けんか腰で乗り込んでくるからな」


「え~~~!」


物騒な世界だ。


そして、これからホストとしての第一歩踏み出す事になる。




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