第12話 ホストクラブ初体験
俺は、口では茶化していたがアリスの言葉を聞いて、少し興奮している。
今までは、話に聞くだけで知らない世界。
(ちょっと楽しみ)
実は、俺は一日だけホストクラブに勤めたことがある。
喫茶店でバイトしていた時に新聞で見た、ある広告に魅せられ面接に行った。
ホストクラブ日給1万上、簡単な接客という広告。
バイト仲間と二人で面接に行った。
「今日からさっそく接客してくれる?」
「え?今日から?この格好でですか?」
「そうそう、座っているだけでいいからね。」
そう言われてさっそく店で客を待っていた。
同じ様なバイトの男達も普通の格好の男ばかり。
「なあ、なんか変じゃないか?」
俺は小声で言った。
「う、うん。俺もそう思った」
「客も男しか来てないよな?」
「うんうん」
店長に呼ばれて席に着いた男が、30分くらいすると客と一緒に外へ出て行く。
「あれは、どこに行くんだろ?」
「なんかやばいね」
「ここって話でしか聞いたことないけど、ゲイバーとかじゃない?」
「マジ?」
男が男を買う場所。
売り専の店。
ここは、新宿二丁目。
上京したばかりの俺達には、この土地はどういう場所なのか知るはずもない。
「なんとかして逃げ出そうぜ」
「給料は?」
「そんな事言ってる場合じゃないだろ」
そんな時、店長が近づいてくる。
「あそこの席から指名が入ったから座って頂戴」
見るとあきらかに俺のおやじより年のいった男。
(おじいさん?)
「俺今日は、いいっす」
俺は断ったが、優しそうだった店長は急にムッとした顔で言った。
「指名されたんだから、相手に失礼だろ。とりあえずお酒だけ作ってこい」
俺は、渋々席に着く。
水割りなんて作り慣れてないし、客に教わりながら作る。
「何か飲みなさい」
男は上品な言葉で話しかけてきた。
そして・・・。
「隣に座わりなさい」
(この場さえ乗り切れば・・・)
後一時間たらずで仕事も終わり給料を貰って帰れると思い、覚悟を決める。
勇気を持って隣に座る。
ほんの数分だったのに俺には、1時間も2時間にも感じる。
俺にいろんな質問をして、しばらくすると膝に手をのせてきた。
俺は悪寒が体に走り体が固まって、身動きできない。
言葉もでない。
必死に手を振りはだこうとしたが年寄りのくせに力が強い。
そして、俺の股間に触ろうとしてきた。
俺は、思わず立ち上がる。
店長が席に駆け寄ってきた。
「どうした?」
「店長、俺には無理です。勘弁してください」
俺は、懇願する。
店長は、困った顔をして向こうの席を指差す。
「元の席に戻ってなさい」
店長は、その客に謝りながら、別の男を席に着ける。
次々と従業員の男達が外に客と出て行き、残り少なくなってきた。
このままだと又、席に着かされそうだ。
俺は、一緒にきた仲間とトイレに行くふりをして、強行に逃げ出すことにする。
「おい!限界だ!逃げよう」
「給料は?」
「ばか!それどころじゃないだろ?」
「・・・・」
(こいつは席に着いてないから俺の気持ちはわからないだろうな)
そして、何とか二人で店を抜け出し必死で逃げる。
途中どうやって走ってきたのか、全く覚えていない。
若きし頃の苦い経験だ。
絶対女がいい!と実感する出来事だった。
喫茶店でアリスと食事をしながら、ホストクラブの内情を説明する。
(今回はゲイバーと違って、女性相手のクラブみたいだ)
「私のダーリンは自由出勤だから出勤が遅いの」
「自由?」
「今、店に行っても来てないんだ」
もう既に3時を過ぎていた。
夜中12時から朝5時くらいの営業だと聞いている。
この時間に出勤してきても店にいる時間がほんのわずか。
(それで仕事したことになるのか?)
それで給料が百万以上貰えるらしく、システムがわからない。
俺は、羨ましく思いながら聞いている。
アリスが店に電話をする。
席にうれしそうな顔をして、小走りに帰ってきた。
「めずらしく、もう出勤してるってさ」
いつものアリスらしくなく、そわそわと落ち着かない。
化粧直しを始める。
俺達はそれが終わるのをジッと見ながら待っている。
(アリスはそのホストが、ほんとに好きなんだな)
「さっ!行こうか!」
化粧直しも終わり、三人で店まで歩いて向かう。
「ここ、ここ!」
「エレベーターに乗って、上に行くの」
ドアが開くとクラブだけのフロアーらしく音楽と光が目と耳に飛び込んでくる。
豪華な入り口にホストが並んで立っている。
「いらっしゃいませ!」
入り口に近づいた時、ホスト達が一斉に声を出してお辞儀をする。
一瞬たじろいだが、アリスがどんどん入って行くので俺達もあわてて付いて入る。
なんと、きらびやかな世界。
中は少し照明が落ちて暗いが、装飾がキラキラと輝いて眩しい。
席に案内されると、アリスと書かれたボトルが置いてある。
俺と一樹は緊張している。
アリスと並んで座り落ち着きもなく周りを見渡す。
「すげえな」
「うん」
音楽とダンス、慌ただしく動き回るホスト達。
みんな大人に見えて、自分がここにいるのが場違いに感じてくる。
はずかしい気持ちになってきた。
気づくと俺達の前に手際よく水割りを作っているホストがいる。
(こいつがアリスの指名しているホスト?)
まじまじと見る。
派手なスーツに貴金属を身につけ見るからに成金趣味のような男。
でもそれが俺には、とてもかっこよく思えるから不思議。
軽く乾杯をする。
そのホストは、アリスに俺達の素性を聞いている様子で何も聞いて来ない。
俺はアリスに、こっそり聞いた。
「この男がお前の言うダーリン?」
「やだ~~違うよ~」
アリスは大笑いする。
「ヘルプだよ」
「ヘルプ?なんだそれ」
「指名者が席にいない間、席に着いて客の話の相手をするの」
指名者の手助けをする役。俺は、飲み屋のクラブにいた時の事を思い出す。
(クラブって男も女も同じなんだな)
「ねえ、踊ろう」
アリスは、俺達を置き去りにして、席にいたホストとホールでダンスを踊りだす。
くるくると回ってテンポよく踊っている。
「アリス踊れるんだな」
「ああ、うまいもんだ」
二人ともアリスの意外な一面を見て驚く。
俺達は相変わらず、おのぼりさんのようにキョロキョロとまわりを見渡し落ち着きがない。
その時、俺達の席に一段と派手なホストが座る。
(こいつもヘルプ?)
この男も俺達を何者だ?っていう感じの目付きで見ている。
沈黙が続き、その場の空気は最悪だった。
(空気が重い)
ダンスからアリスが戻ってくる。
その男の側に来てアリスの顔がぱっと華やく。
「おはよ~やっと来た〜」
俺達はホッとする。
アリスの顔を見てこのホストは、指名しているホストだとわかる。
「かんぱ~い」
乾杯をして、たわいもない話をしていた時、突然アリスがダーリンに向かって言う。
「この二人がホストになりたいって言うから、グループに入れてあげてよ」
(はあ?聞いてないし・・)
いきなりアリスが突拍子もない事を言い出し、俺たちは焦る。
確かに、前にホストはやってみたいと話した事はある。
「アリス、なんだよ~いきなり」
俺と一樹はお互いに指をさし、お前が頼んだの?というジェスチャーをする。
二人とも首を振る。
「ムリムリ、そんな甘い世界じゃないからやめとけ。」
きつい口調で答える。
「そんな事を言わないでよ~この子達やる気満々なんだから」
(おいおい、言ってねえし)
その後、彼はすぐに席を立ってどこかへ行ってしまう。
「おい、アリスが変なこと言い出したから怒ったんじゃない?」
「大丈夫よ。あの人は、いつもあんな感じだから」
その男を目で追っていると、他にも5,6人の客がいて、席に10分もいないで移動している様子。
「来ても、すぐ次の席に行ってしまうよのよ~まったく!」
アリスは、ブツブツと愚痴をこぼしている。
「君達に、やる気があるなら連絡をくれよ」
ヘルプらしきホストが、こっそりと名刺をよこす。
(相原・・・派手な名刺だ)
「俺達のグループは、5人のホストで接客しているんだ」
「はあ」
「うちのナンバー1の客が、毎日10組くらい来るので5人じゃ対応できなくてね」
「そうなんですか」
「ヘルプが足りないんだよ」
「ふ~ん、なるほど」
「グループのホストが、全員ベスト10に入っているのでお客の相手するのに全く足りなくて猫の手も借りたいんだよ」
「なるほど」
「かといって、別のグループにヘルプで席についてもらうには危険でさ」
(危険?)
俺には何が危険なのか、よくわからない。
アリスも自分自身一人席に取り残されて、ヘルプが足りないのを身にしみてわかっていた。
少しでもダーリンの助けになるようにと、俺達に白羽の矢が向いたのだろう。
それで今日、俺達に店の雰囲気を見せに連れてきたと言うわけだ。
実際は見せるというより、ホストをやらせようとしたのだが・・・。
「じゃ考えてやる気になったら連絡して」
「はい」
帰り道、どうするのか一樹と話しながらも、俺の心の中は決まっている。
そして、これからホストの世界に入っていく事になる。
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