第4話 人生を大きく変える女

急いで電話をとると、美紀の声ではない。


「もしも~し、遼ちゃん?今何しているの〜?」


「ん?だれ?」


「どうせ家の中でゴロゴロしているんでしょ?わたしよ、わ・た・し!マリよ」


ゴロゴロは図星だった。

俺が突然店をやめたのを聞いて同じ店で働いていたホステスのマリが電話をかけてきた。


(マリって、確か・・・店で一番若くて笑顔の可愛い女の子だったよな)


「会って話をしない?」


マリの話し声は明るくて、沈んでいる俺まで気持ちが明るくなる。


(話って何だろ?)


急いで出かける身支度をする。


「外出るの久しぶりだな」


歌舞伎町に向かう。

いつものようにこの街は人が多い。

夜とは違う人種が行き交って歩いている。

待ち合わせの喫茶店に着くと客の姿も少なく、マリを探したが見あたらない。


(あれ?いないなあ、まだ来てないか)


「こっちだよ、こっち~」


(ん?だれ?)


奥の席で俺に向かって、見たことのない女が手を振っている。


「マリちゃん?」


最初、俺はマリだとは気付かなかった。

夜の店の中での雰囲気とまるで違う。


(真面目な女子大生みたい)


手を振りながら笑顔で話しかけてくる。


「久しぶり、痩せたんじゃない?」


「あ~・・・うん少しやせたかな~」


「それより、マリちゃんが店の中と全然雰囲気が違うからびっくりしたよ」


「あはは、お店の中が暗いからよく見えてなかっただけじゃない?」


「店では大人っぽいもんな」


「あ~それって、今はガキっぽいって事?」


膨れっ面で答える。


「いや、言ってないし・・・」


(かわいいな)


「でも俺より年上に見えるよ」


「何言っているの~確かあなたより年下のはずよ。わたしまだ十八歳だもん」


「ええー!」


(マジかよ)


思わずのけぞりイスと一緒に後ろにひっくり返りそうになる。


「わたしね、昼間は、歌舞伎町の喫茶店でバイトをしているんだ」


「ふ~ん」


(だから何だって言うんだろ?)


「そこでアルバイト募集してるの。あなたやらない?」


マリはテーブルの上のオレンジジュースを飲みながら上目遣いで言う。


「え?」


(話ってそれ?)


「働かないと生きていけないでしょ?」


「ああ、そうだけど・・・」


店の中で一番年も近かったせいか無職になった俺を心配になったのだろう。


(マリって、俺の事が好きなんだろうか?)


一生懸命に話すマリの顔を見つめながら思ってしまう。

思い込みの激しい俺である。

美紀のこともあり女性不信になるところに、俺にはこのうえない特効薬だ。


(マリじゃなくマリア様って呼ぼうか)


ずっと顔を見ていて話が頭に入ってこない。

この女性が、俺の運命を変える女。


(なんか・・・惚れてしまいそう)


まだ失恋の傷が癒えてない俺に、この優しさはマリじゃなかったとしても、まいってしまっただろう。


(俺は、もう次の女を好きになるなんて・・・女好きなのかなぁ?)


「とりあえず店を見に行こうよ」


「わかった」


(強引だな)


店を出るマリの後を付いていく。

コマ劇場から西武新宿駅に向かう、通り沿いの小さなゲーム喫茶の前に着く。

店に入る前にマリが立ち止まって言う。


「実は、私ここのバイトやめるの」


「え〜一緒に働くんじゃないの?」


俺は、残念そうに答える。


「えへへ、実はそうなの。私の代わりに働いてもらおうかと思って・・・お願い!」


マリはニコニコ笑いながら手を合わせる。

騙された感があるが腹は立たない。


(なんて愛くるしく笑うんだ)


「どうせ仕事もしないで遊んでるんでしょ?お金ないんでしょ?」


「遊んではいないけど・・・」


「ここで働きなさい!わかった?」


急に命令口調。


「はい」


俺は思わず二つ返事。


「オッケー」


「いや、ちょっと待って。まだそんなつもりは・・・」


マリは俺の後ろに回り背中を押して店に押し込む。

中に入るとマリは店長に俺を紹介する。


「店長、この人よ。代わりのバイト」


(なんかやばそうな人だな)


「おっ、さっそく連れてきたか」


(ん?代わりって、もう決まってるの?)


「じゃあ、いつから働いてくれる?」


「あ・・いや・・・」


マリは俺の事を心配してとか、俺を好きなのか、なんて思っていた自分が恥ずかしくなる。


(結局、俺の勘違いだったって事ね)


俺が考える間もなく、すぐ働くことになってしまう。


(マリにしてやられたな)


条件を聞くと、日給制で日に一万から多い日で二万にはなると言う。

毎日働けば月に三十万以上。


(すげえな、ここで働くのも悪くないな)


俺は途方にくれる寸前だったので、渡りに船のつもりで働く事にする。


「明日からよろしくお願いします」


そこは二十四時間営業のポーカーゲームの賭博喫茶。


(何故こんなに給料がいいんだろう?わけわかんねえ)


ただ来る客、来る客、ゲーム機にお札を湯水のように使っていく。

勝つ客は何十万と持って帰るが、負ける客も何十万と使っていく。

負ける客のほうが断然多い。


(この人達って仕事は何をやっているんだろ?)


しばらく働いていくうちに色んな事が、解ってくる。

店長とは別にオーナーがいて、毎晩夜中に集金にくる。

店長よりさらにやばそうな雰囲気の顔をしたオーナー。

ゲーム機の中からお札を出して事務所の中で、4,5人がかりで数える。


こっそりドアの隙間からのぞくとテーブルに山済みのお札。


(一体、いくらあるんだ?)


多い時は、一日一千万以上あると聞いた。


大入りも貰えるし、人手がいない時は昼夜長時間働くと一日三万近くになる。

俺の歳で毎日、日銭が何万も入ってくると、金銭感覚がどんどん麻痺してくる。

仕事と家の往復で娯楽がなかった俺に唯一の楽しみがある。


朝、目が覚めると必ずまず考える。


(今日は、何を食べようかな?)


金持ちが最後は食に走ると聞いた事があるが、その気持ちがほんの少しわかったような気がする。


ゲーム喫茶で働くようになって一ヶ月程経った頃だろうか

突然、美紀からの連絡がくる。

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