芝の水滴について
やあ、おはよう。良い朝だ。
きみは今日も彼女を眺めているのかい。
彼女は今日は、真っ白なブラウスシャツに細身のパンツを履いているから、そのほっそりとした身体が余計に華奢に見えるね。
庭の、デッキのすぐ傍に設えられた、今朝きみが雨水を拭いて綺麗にしたばかりのガーデンチエアが、彼女のお気に入りの場所だ。
庭の芝には、今朝方ほんの少し雨が降ったから、おかげで濡れてはいるけれど、その芝は必要以上に彼女のサンダルと足を濡らしたりはしないはずだよ。
だってそうだろう。
この芝は、きみが彼女のために毎日手入れをしているのだから。
彼女はなんの躊躇いもなく、当たり前のようにきみが掃除したガーデンチエアに腰掛ける。
備え付けられたテイブルには、さっきハンナが彼女のために拵えたアイスの紅茶が、氷と一緒にグラスいっぱいに注がれている。
カットされた桃が沈んでいるから、今朝はピーチティだな。
昨日はなんだっけ、ああ、そう。昨日は洋梨が沈んでいた。
彼女は一日だって同じものを口にしたりはしないからね。
本当に我が儘なんだ。
でも、今朝は本当に良い朝だ。
雨上がりのあっさりとした空気に、太陽が喜んで虹でも見せてくれそうな爽やかさだ。
きみがこの芝と同じように、毎日欠かさず手入れをしている庭木も、今日は一段と光を弾いている。
きみは、彼女が今からそこで手紙を読むのを知っているね。
昨日届いたばかりだから、彼女はこれから一週間は同じようにして過ごすだろう。
彼女はいつも彼から届く手紙を、何度も何度も読み直すからね。
昨夜自室で、遅くなるまで丁寧に返事を書いていたことを、きみも知っているだろう?
さっきハンナに、その手紙を今日中に出してくるように言いつけていたのも見ていたことだしね。
見てごらん、彼女のあの、花が綻んだかのような表情を。
彼女はいつだって高慢で、我が儘で、お世辞にも親切な人とは言えないのだけれども、ああやって彼からの手紙を眺めているときだけは違う。
ブロンドの豊かな髪をゆるく一纏めにして、頬杖なんてつきながら、手の中の2枚の紙切れを見つめて優しげに微笑んでいる。
どうだい、あれではまるで初恋をする少女のようじゃないか!
きみが毎日彼女の傍にいて、毎日彼女のために庭の芝を狩り、草木の手入れをしても、きみには彼女にあんな表情をさせることなんて出来やしない。
彼は彼女にとって、本当に特別だからね。
それでもきみは、明日も明後日も変わることなく、彼女のために庭の手入れをするのだろう。
彼女の素足が、朝露や泥やなんやかんやで汚れたりなどしないよう、毎日美しい緑がそこにあるのが当然であるかのように、きみは庭の手入れをする。
なあ、もう少しきみだって、彼女に向かってアプローチをしても許されるんじゃないのかい。
たとえ彼女にとってきみが、たとえば箸にも棒にもかからないような存在だったとしても、彼女がきみの顔を正面から見てくれる回数くらいは、増えてもいいと思うんだけれどもね。
ほらごらんよ、彼女がきみを呼んでいる。
ねえエドワース、ハンナに紅茶のおかわりを持ってくるように言ってちょうだい。
彼女はきみのことなんてちらりとも見もしないで、つっけんどんな声で頼み事をしてくるけれども、困ったな、これはきみにとって本当に難題だ。
なんたってハンナは、さっき彼女から預かったあの返事の手紙を、一刻も早くポストマンに渡すために出かけてしまっているのだからね。
どうだろう、きみ。
ハンナの代わりに彼女に紅茶のおかわりを用意してみては。
薔薇の棘でいくつも傷だらけにしているその手でポットを持てば、彼女だっておそらく一瞬くらいは、きみのことを見てくれるはずさ。
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