芝の水滴について 水滴(水ぎわ(仮))ver.

 水ぎわさんにリクエストいただきまして、『芝の水滴について』を、庭師に恋する水滴(命名:水ぎわ(仮))目線で書いてほしいとのことで、書いてみましたー!

 全然違う雰囲気に仕上がってるといいなあ〜と思ってます。

 遅くなっちゃってごめんなさーい!






 わたくしは、雨粒です。

 水ぎわ(仮)と申します。

 まだお月さまが出ている真っ暗なうちから、わたくしは降りはじめました。

 しとしとしとしと降りまして、さっきお日さまが出ていらして、辺りがようやく明るくなりそうな頃、わたくしはしゅん、と止んだのです。

 わたくしが降り着いたその場所は、短く切りそろえられた、黄緑色の芝の上でした。

 お日さまが、いよいよ辺りをぴかぴか明るく照らし始めます。

 そうしますと、わたくしのすぐ脇を、じゃくっ、と音を立てて、ひとつの大きな靴が通りました。

 その靴は、とてもくたびれた茶色の革でできていて、黒ずんでいて、ところどころが土にまみれていました。

 わたくしがその靴の上の、長い脚の上の、大きな体を見上げますと、袖まくりをしたシャツから傷だらけの腕を出した殿方が、真っ白なガーデンチエアを、真っ白な布で拭いはじめました。

 丁寧に丁寧に、そこにひとつの雨粒も汚れも残らないように、上から下に、何度も何度も拭いておりました。

 たっぷりの水滴を含んだその白い布を、彼がぎゅう、と絞ると、わたくしのまわりには、ぼたぼたとかたまりみたいな水がたくさん落ちてまいりました。

 そうしてわたくしは、それらの水滴とひっついて、たぷんと一回り、大きな雨粒となりました。

 彼はそれから、近くにあったテイブルの上も同じように何度も拭いて、そのたびにぎゅう、とその白い布を絞りました。

 少しだけ大きくなったわたくしの目に映るその人は、とても優しげな目をしておられました。


 お日さまがらんらんと照り輝いて、だんだんとまわりの空気が暖められます。

 そうしますと、わたくしは雨粒なものですから、体が暖かな空気にほぐされて、お日さまのもとへとふわふわ帰ろうとします。

 それでもわたくしは、なんだかその殿方を、もっともっと、ずうっと見ていたいと思いました。

 彼はいっときも休むことなく、あちらへ行ってはこちらへ行っては、なにかごそごそと動いておられます。

 それがなにをしているのかは、わたくしには分かりませんが、なぜだかわたくしは、彼のそのお姿を、ずうっと見ていたいと思ったのです。

 ああそうだ。

 わたくしはよいことを思いつきました。

 この体のすべてがお日さまのもとへと戻ってしまう前に、わたくしはこの芝をするりと滑り下りて、芝を支える土の養分となりましょう。

 そうすれば、きっといつまでもいつまでも、彼のお姿を見ていることができるに違いありません。

 そう決心したわたくしは、わたくしの傍に、ほんの少しの風が吹くことを望みました。

 さいわいなことに、先ほど彼があの白い布をぎゅう、と絞っていたおかげで、わたくしの体は少しばかり大きく、重くなっております。

 あとは、そよ風がほんのひと押ししてくれさえすれば、わたくしはつるりとここを滑って、おそらくは長く、彼のお傍にいることができるでしょう。

 わたくしはきっと、彼に恋をしたのです。

 あの優しげな瞳を見て、ほんの一瞬で、あの殿方に心を奪われたのです。

 この姿を保つことなどできなくても構いません。

 わたくしはもとより雨粒でございますから、いつもめぐりめぐって様々な姿になれるのです。

 もしも土に吸い込まれて、乾いてまたお日さまのもとへと戻ったとしても、わたくしは何度でも雨粒として彼のもとへ帰るでしょう。

 そのたびに彼を見つけて、ときには見上げて、ときには見下ろして、そしてときには、あの手に、あの髪に触れてもらいながら、わたくしは何度でも彼のお傍にはべりたいのです。


 わたくしの願いをまるで聞き入れてくださるかのようにして、柔らかな風がそよそよと吹いてきます。

 静かに芝を降りますね。

 そうして、土の中に芽吹く新しい芝の養分となって、いつでもあなたのお傍におります。

 毎日可愛がってくださいませ。

 決してこの芝は枯らしたりなど、致しませんから。

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