あなたの左手薬指には指輪がついている
「あの、先輩、今日はご馳走さまでした、すごく美味しかったです」
こっちこそ、付き合ってくれてありがとうな。
急に誘ったりして悪かったよ。
そうだ、このまま帰るのもなんだし、ちょっと歩いて風に当たらないか。
すぐそこに、景色のいい場所があるんだよ。
「わあ、すごい! 夜の海が一望できるベンチなんて、ロマンチックですね! 公園の裏にこんな隠れスポットがあるなんて知らなかったです」
きれいだろ。
ここ、穴場なんだ。
人もあんまり来ないし。
ベンチ狭いけど、大丈夫?
「はい、あの、大丈夫……、あ、やだ、ありがとうございます」
缶コーヒーで良かった?
「はい、すいません、いただきます」
バイトは慣れたか?
「あ、はい! 先輩が親切に教えてくれるので、わりと慣れたつもりです。今日は夜ご飯までご馳走になっちゃって……」
ああ、いいんだよ、なんか、放っておけなくてさ。
おれが好きでやってることだから。
あ、ほら、見えるか、あそこ。
「え、なんですか」
海の遠くのとこだよ、ほら。
「え、なに、なにも見えな、っ……、ぇ、」
ごめん、キスしたかったから嘘ついた。
「え、なんで……」
可愛かったから。
「だ、だめですよ、だって先輩、結婚されてるじゃないですか。もお〜、奥さんに叱られちゃいますよっ!」
そうだな、バレたら叱られちゃうな。
ごめんごめん。
でも、ここには居ないからさ。
なあ、……もう一回したら、嫌がる?
「嫌がる、というか……」
おれはしたいんだけど、してもいいかな。
「だめですよ」
もう一回だけだよ。
「だめです……」
もう一回だけ……
「……ん、」
可愛い。
「……、これって浮気ですよ」
浮気する男は嫌い?
「嫌いです」
おれのことも嫌い?
「それは……」
手、繋いでいいかな。
「だめです! だめだってば……、もう〜……」
きれいな手だな。
「……、どうも」
好きだよ。
「えっ!?」
きみのことを好きになってしまった。
きみは、おれのことは好き?
「そりゃ、好きですけど、でもあの、そんなつもりじゃなくて、」
そんなつもりってどんなつもりだ?
おれはそんなつもりだよ。
可愛い。
好きだ。
触りたい。
キスをしたい。
もう一度。
「だめ、…………、ぁ、」
おれ、今日さ、帰るの遅くなるって言ってあるんだ。
きみの傍に居たいんだけど、きみはなにか予定がある?
「予定……、予定は、ない、ですけど、でも、」
離したくない。
「ずるい……」
ずるくていいよ。
もっと傍に居たい。
こっちにおいで。
「あっ、だめ、だめです、苦しいから、」
好きだよ。
いい匂いがするな。
もっと一緒に居たい。
「怒られちゃう」
この缶コーヒーのお礼ってことでどう?
「この缶コーヒー、そんな高いやつなんですか」
そうだよ、おれの気持ちが入ってるからね。
一晩ぶん、くらいかな。
「飲まなきゃ良かった」
もう飲んでしまったな。
なあ、どうする?
もう一軒、どこかに寄るか、もうちょっと歩くか、ホテルにでも。
「帰ります……」
帰さないよ。
絶対にきみを離さない。
「奥さんのこと考えるべきですよ」
それならきみも、今頃おれを引っ叩いてでも離れるべきだな。
こうして大人しく抱きしめられてるのに、それでは説得力がない。
なあ。
一晩だけだよ。
「一晩……」
そう。
一晩。
「一晩だけ?」
どうした、一晩では、足りない?
「もし、もし、足りなくなっちゃったら、どうしてくれるんですか」
ははっ。
そのときはまた、おれがこうやって誘うよ。
「絶対?」
絶対。
約束する。
「悪いことですよね」
おれのために、悪い子になってくれる?
「……、 絶対、ですよ」
約束するよ。
絶対に一晩では終わらせない。
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