浜辺(午前バージョン)

 夕方バージョンはBL掌編集に置いてあります。

 全然関係ないはなしです。




「見てみてかんちゃん!! きれいなの見つけたー!!」

「すっげえ! ゆいちゃん!! それ見せてー!!」

 ふたりは小さな手のひらに角が取れて丸くなった硝子片を乗せて、きゃあー!! と甲高い声で叫んだ。

 家のすぐ目の前に広がるゴツゴツした岩場は、ふたりのお気に入りのスポットだ。

 あんまり海の近くまで行ったらだめよ。

 ママたちはそれだけ言うと、かんたとゆいを放ったらかしにして、かんたの家の軒先まで戻ってしまった。

 日陰で麦茶片手に雑談しながら見ているつもりだ。

 お盆間近のカンカン照りの太陽の下、朝ごはんだけ急いで食べ終えたふたりは、どちらからともなく家から飛び出して、慌てて追いかけてきたママたちに帽子を被せられ、水筒を首にぶら下げられ、サンダルのマジックテープを丁寧に直してもらってから、いつものようにゴツゴツした岩場に走った。

 海の近くの岩場はざらついているような、ぬるついているような、ぐらぐらしていて、岩と岩の間から黒い虫が出てきたりして、ふたりには恰好のアスレチックだった。

 かんたがそこらで拾った棒で岩の隙間をつついている間に、ゆいは少し海に近づいたところの、砂が多く混じっている辺りで石ころを拾っていた。

 そうしてゆいが見つけたのだ、ラムネの空き瓶を割ったような色の、すっかり角が取れて、でも他の石とは違う、きらきらして見える硝子片を。

「かんちゃんこれ! ほうせきだー!!」

「すげえー!! ゆいちゃんそれほうせきだ!!」

「ママに見せてくる!!」

「あっ、ゆいちゃんまって! 分かった!! それちょっとかして! かんちゃんがそれ、かっこよくしてあげる!!」

 かんたはその硝子片をゆいから受け取って、自分の家に走った。

 玄関でサンダルを脱ぎ捨てて、あとから追いかけてきたゆいも同じようにサンダルをぽいぽい放り投げた。

 かんたは太陽を浴びてすっかり暑くなったほっぺたをそのままに、居間の箪笥の引き出しをがちゃがちゃと開けて、木工用ボンドを取り出した。

 そうして昨日たまたまお菓子についてきた、緑色のモールをたからもの箱から取り出してきて、その針金が入ったモールを指先で丁寧にまぁるくした。

 ゆいがきらきらした目でそれを見ていると、かんたは得意げな顔になって、さっきの硝子片と、緑色のモールを、大量の木工用ボンドでそおっとくっつけた。

 ボンドが乾くまでふたりで必死になってふうふうと息を吹きかけ、しっかり乾いたのを確かめたかんたはそれをゆいにはい、と渡した。

「ゆびわだよ!」

「うわあー!!」

 その指輪はモールの丸が大きすぎて、ゆいのどの指にもぴったりとははまらなかったけど、ゆいはお父さん指にそれをはめて喜んだ。

「かんちゃん、ゆいちゃんすきだから、それあげるね!」

「うん! ゆいもかんちゃんだいすきー!! ママー! 見てみてかんちゃんがゆびわにしたー!!」






「え、おまえまだそれ持ってんの」

 実家の居間で寛いでいると唯が急にそんなものを持ってくるから、寛太はあまりの懐かしさに最初それがなんだったか思い出せなかった。

「そうなの、こないだ荷物の整理してたら、机の奥の方から出てきた。寛太が初めてくれたプレゼントだよ」

 唯は、もうどの指にもはまらなくなってしまったそれをテーブルに置いて、指先でコツンと弾いた。

 木工用ボンドを大量につけたおかげで、硝子片は今もモールとくっついたまま、ただし、時の流れで緑色のモールはすっかり黒ずんで、丸かった姿もぐにゃっと曲がってしまっている。

「捨てろよそろそろ、もっといいの買ってやるから。明日見に行くんだろ」

「うん、だからさ、これに近いやつがあったらいいのになーって思って」

「それ多分ラムネの空き瓶だからな」

「それは分かってるよ、寛太これ宝石って呼んでたよね」

「おまえもだろ」

 麦茶をずずず、と音を立てて飲みながら寛太は、母さんに見られたら絶対笑われるから、早めに隠しておいてほしいと切実に思った。

「まさかおまえと本当に結婚する日が来るとはなぁ」

「本当に、正直全然想像してなかったよねぇ」

 目の前には、昔からずっと眺めてきた海が広がっている。

 あの頃あんなに大きな岩がゴツゴツしていたように感じた岩場は、もう片足で立ってもぐらぐらしないくらい、小石の集まりに思えた。

「……おれ、ちょっと行ってくる」

「どこ行くの? トイレ?」

「ちげぇわ! それ、おまえが見つけた硝子片だろ、おれも似たようなやつ探してくる」

「え、ばかじゃない、それって今度はわたしが木工用ボンドでなんか作ったほうがいいの?」

「おう、探しといて、木工用ボンド」

 寛太は、唯にそう告げてから、縁側で脱ぎっぱなしにしていたサンダルを履いて、浜辺にゆらゆらと歩いた。

 日向に出た途端に急に暑さが襲ってくる。

 寛太は砂利と岩が入り雑じったところをうろうろして、唯から見えないところを選んでしゃがみ込んだ。

「えええ、これ……似てっかなぁ……」

 寛太がズボンのポケットから取り出した小さな箱を開くと、水色した宝石が嵌められた、銀の指輪。

「しくじった……絶対笑われる……」

 大人しくちゃんと明日一緒に選びに行けばよかった。

「ま、買っちまったもんは仕方がねぇわな」

 それだけ言うと寛太は、そこらにあった適当な小石を拾って、その小さな箱と一緒に手の中に隠して家に戻る。

 唯は木工用ボンドでどんなものとくっつけるだろうか。

 昨日姪っ子が食べていた飴の包装についていた気がする、赤い色したモールだろうか。

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