第113話 天元突破

ワンの倉庫。


「誰だ? おまえ……」


 その言葉を聞いた瞬間にディミトリは振り向きもせずに声がした方に銃弾を送り込んだ。確かめている間に撃たれるのを避けるためだ。律儀に確かめてやる必要は無い。

 続いて廊下の反対側にも銃弾を送り込んだ。そちらにも人がいると思ったからだ。相手を牽制してから立て直しをするのは戦闘のセオリーだ。ディミトリは忠実に実践していた。


(くそっ! いきなり守居に見つかるとは失敗した……)


 廊下を覗き見ると守居たちが走って行くのが見えた。銃撃されると思って無かったのであろう。普通に考えて武器を取りに戻ったと見るべきだ。

 武装していたのなら反撃されたはずだろディミトリは考えた。


「連中は一旦引き下がった」

「……」

「体制を立て直す前にさっさと逃げ出そうか……」


 ディミトリはリコに説明した。リコは軽く頷き倒れている男から予備の散弾ポーチを取り上げた。

 リコに渡したのはポンプアクションタイプのショットガンだ。反動が強いが狙いを付けずに相手を倒せる強みがある。

 散弾を留めたポーチを腹に巻いたリコは、何も言わずに散弾をリロードして部屋を出た。

 自分が先頭になって戦うつもりのようだ。


「……」


 彼女が廊下に出た時に誰かが向かいの部屋から出てこようとした。手には銃を持っているのが見える。

 リコは無言で相手の腹を目掛けて引き金を引いた。男は部屋の中にくの字になって逆戻りしていった。


(お! 人を撃つのに躊躇無しかよ)


 ディミトリはリコが人を殺った事が無いと決めて掛かっていた。見た目が女の子なので仕方が無い。だが、どうやら認識を改める必要があるようだ。

 訓練も無しに人が人を撃てるようにはならないのは経験上知っている。彼女の闇は深そうだとディミトリは思った。


「……」


 ディミトリは廊下の反対側に銃を向けていた。人の気配がすれば迷わずに銃撃を加えていた。


(出入り口には部下が張り付いてるな……)


 散発的に撃ってきている。弾幕を張らないのは、それほど弾数を用意していなかったのだろう。それはディミトリも一緒だ。

 売上金をコッソリとかっぱらって、リコを連れて逃げる算段だったのだ。


(金は諦めるか……)


 ディミトリの関心を他所に、リコは何も言わずに次々と弾丸をばらまきながら進路を切り開いていく。


(をを…… 頼もしいね―)


 どうやら相当ご立腹だったようだ。ショットガンをぶっ放しながら、ズンズンと歩いていくリコ。その後ろ姿を見ながらディミトリは考えていた。 

 リコは弾を打ち尽くしたショットガンを左手に持って右肩に担ぎ上げた。


(ええ!)


 ポンプを引いたままの状態で右手で弾込めをはじめた。四発詰め込むの二秒も掛かっていない。


(クアッドロードをマスターしてるのかよ……)


 クアッドロードとは、ショットガンで素早く散弾を装填するテクニックの一つだ。

 普通は腰に有る散弾ポーチから一つづつ取り出して装填する。だが、クアッドロードとは散弾を2個鷲掴みにして連続して装弾する方法だ。散弾の取り出し時間を節約できるので、熟練すると素早く装填できるようになる。


 アクション映画の『ジョンウィック2』でキアヌリーブスが格好良く扱っていた。ディミトリも出来るがマスターするのに随分と苦戦したのを思い出した。


(コイツ…… 何者なんだ?)


 ディミトリはリコの背中を守る体制のまま、突撃銃で周りを牽制射撃しながら付いていった。

 何故なら彼女が行ったクアッドロードは、近接戦闘を行う兵士が好んで使う装弾方法だからだ。



 一方のリコはと言うと、この不思議な少年について考えていた。

 少年は自分の敵では無いと言っていた。事実、今も自分の背後を守っていてくれる。何より銃の扱いに慣れている様子なのだ。


(あのカラシニコフを三点バーストで撃っている…… 何者なの?)


 カラシニコフとはディミトリが使っている突撃銃の事だ。頑丈なだけが取り柄で、銃撃の反動が強く集弾性能があまり宜しくない。第二次大戦後すぐに作られたので三点バースト機構など付いていない。ディミトリは指先の力加減だけで三点バーストを行っているのだ。

 つまり、彼は戦闘経験が豊富だという事だ。


(カラオケ屋のロッカーに居たのは、多分この子だと思うけど……)


 以前に自分が務めるカラオケ屋に不審者が入り込んだ。背格好などから彼なのだろうと推測していた。あれは自分の事を調べていたのだろうと考えた。


(ひょっとして…… 私のストーカー??)


 実際は守居たちの事を調べていたのだが誤解したようだ。


(じゃあ、あの時に感じていた殺気ってなんだったの?)


 不審者捜索の時にロッカールームを調べた。その時に、強烈な殺意を感じた事を思い出していた。あの中に居たのも、きっと彼であろうと確信していた。


(子供なのにベテランの兵士みたいね……)


 勿論、リコは目の前の少年が元傭兵などとは知らない。彼女の目には普通の少年にしか映っていないのだ。高校生ということになってるが、実際は中学生なので見た目が子供なのは仕方が無い。


(どうして、私の事を知っていて助けに来たのよ……)


 リコの疑念は膨らむばかりだ。


(むーーーん……)


 訳が分からないが、取り敢えずは敵から逃げることが先決なのは確かだ。この少年が手助けをしてくれるのであれば、利用しておくのも手であろう。詳細は後で聞き出せば良い。リコはそう考えたのであった。


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