第111話 タマひゅん

ワンの倉庫。


 一方の加藤理子は、貞操の危機に陥っていた。


 ワンの部下たちが部屋から出ていってしまい、リコと荒井・土田の三人だけになったのだ。だが、これはリコが望んだ展開だった。ワンの部下がいると荒井たちがスキを見せても反撃がやり難い。彼らだけなら何とかなると踏んでいるのだった。

 部屋には明かりが一つだけ点灯し、部屋の隅にある机にはリコの私物が並べられている。


「全く素直に大人しくしていないから、こんな目に遭うんだぜ?」


 荒井はそう言ってリコの顔を持ち上げた。


「アンタたちが池袋で薬をばら撒いていた一味ね」


 リコはその荒井を睨みつけながら言った。気を失った振りは止めたようだ。


「やっぱり気が付いていたのか……」

「池袋で女の子を薬で殺したでしょ?」


 リコが言っているのは薬の拒否反応を起こして死んだ友人の事だ。


「ああ…… あれか……」


 そう言われて荒井は思い出したようだ。あの後、警察に事情聴取されて面倒臭かったのを覚えている。もっとも、警察に連れて行かれたのを知った荒井の親が、裏で暗躍して直ぐに釈放されたのだ。

 とるに足らないことなので忘れていたようだ。


「いきなり泡吹いて死んだからな…… あっ、この女は一緒に居たヤツじゃね?」


 土田も思い出したようだ。


「それが、どうしたって言うんだ」


 女は処分される。そう考えた荒井と土田は素直に薬への関与を認めてしまった。

 そして、リコがそこに居た事も思い出したようだ。土田もすっかり忘れていたらしい。


「沢山の人を傷つけて悪いことをしていると思わないの?」


 リコの中に怒りが滾ってくる。友人を殺された事もそうだが、友人の死を何とも思わない連中への怒りだ。


「安易に薬に溺れる方が間抜けなのさ」


 荒井がそう言ってニヤリと笑った。彼は他人の生き死に関心が無いようだ。


「その内、警察に捕まると良いのよ」

「捕まるのは使い捨ての道具の役目なのさ」

「俺たちには後ろ盾が居るからな……」


 土田が続けて言った。彼らには親の後ろ盾が有るので捕まらないと本気で信じているようだ。


「地獄に落ちると良いわ」


 リコが言い放った。聞きたいことは聞き出した。それはテーブルに並べられているスマートフォンに録音されているはずだ。

 彼女はそれを使って彼らを社会的に抹殺してやろうと目論んでいたのだ。


 勿論、無事に逃げ出せればの話だ。彼女は椅子に手を拘束されたまま座らされている。危機的な状況であったのだ。


「へへへっ、従順になるように、タップリと仕込んでやるぜ」


 荒井はズボンのジッパーを降ろして近づいて来た。リコの口に自分のイチモツを押し込もうと言うのだろう。

 もちろん、そんな汚いものを口に入れるのを嫌がったリコだったが、諦めたのか口の中に入れてしまった。


「へへ…… え?」


 たちまち荒井の顔に苦悶の様子が浮かびだした。


「か、噛むんじゃねぇっ!」


 荒井はリコの頭を殴りだした。しかし、リコは口を離さなかった。

 土田がリコの身体を引き離そうとしている。


「は、離せぇっ!」


 荒井の顔に脂汗が浮かんでくる。土田はどうしたら良いのか分からずにリコの背中を殴ったりしていた。

 ここで、リコは意外な行動に出た。リコは自分の顎を膝蹴りしたのだ。それと同時に前のめりに身体を落とした。いずれも噛む力を増幅させる行動だ。


「ぐあああっ!」


 室内に荒井の悲鳴が木霊した。

 そして、リコが口元を血まみれにしたまま立ち上がってきた。


ベッ


 リコが口から何かを吐き出した。股間を抑えたままうずくまる荒井。床には何か肉片のようなものが転がっている。

 リコは荒井の陰茎を食い千切ったのだ。


「この女っ!」


 土田が激怒してナイフで襲いかかって来た。だが、リコはナイフを回し蹴りで弾き飛ばしす。ナイフは壁に突き刺さった。

 続けて、後ろ回し蹴りで土田を蹴り上げた。リコの足は首を正確に射抜く。蹴られた土田は床に這いつくばるように転がってしまった。

 格闘戦になるとリコは強いのだ。


「……」


 リコは壁に刺さった状態のナイフで手の拘束を切る。すると、やっと起き上がった土田が殴りかかってきた。

 壁に刺さっていたナイフを引き抜き、土田の目を狙って振り回した。


「うあああっ!」


 土田は目を抑えて蹲ってしまた。両目を狙って横にナイフをはらったのに、右目にしか当たらなかったようだ。

 微妙に悪運の強い奴だ。


「!」


 その時。ドアのノブが回される音が聞こえた。リコは飛びつくように土田の背後に周り首にナイフを突きつけた。


「どうしたんですか?」


 荒井の悲鳴を聞いたワンの部下がドアを開けて入って来たのだ。そして、部屋の惨状に驚いた。

 荒井は股間を押さえて床に倒れているし、土田は片目を抑えながら首にナイフを突きつけられている。


「……」


 リコは土田を盾にして部下を睨みつけていた。ワンの部下は部屋の状況を見て何が起きたのかを察したようだ。


「ソイツを離せや……」


 ワンの部下はリコに銃を向けた。ポンプアクションタイプのショットガンだ。

 対して、リコが持っているのはナイフ一本。荒井も土田も銃は持っていなかったので奪えなかったのだ。


(ナイフを投げて体当たりするか……)


 成功の確率は低いがモタモタしていると他の部下たちがやって来てしまう。グズグズしている暇が無い。


(脱出の筋道を作らないと……)


 リコがナイフを投げようと身構えようとした時に、男の身体が弾かれたように血飛沫を上げた。


「?」


 リコが不思議に思っているとドアの影から少年が現れた。


(え?)


 見ると手にはサプレッサー付きの拳銃を持っている。銃撃したのは彼であろう。


(警察? じゃないよね……)


 リコでも日本の警察がサプレッサーを使っているなどと聞いた事が無い。それに警告無しで発砲などしないのも知っている。

 それに、どう見ても少年だった。


「よお、お楽しみの邪魔をして悪いな」


 少年はニコニコしながら入ってきた。そして、もう一度倒れている男の頭に弾丸を撃ち込んでいた。とどめを刺したのだ。

 その躊躇しない様子に再びビックリしていた。


(この子……)


 リコは少年が誰だか思い出した。バイト先のカラオケ店で見かけた少年だったのだ。




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