第110話 ぶら下がった人参

某県にある半島。


 ディミトリがヘリコプターの離陸の準備をしていると剣崎から連絡が入った。


『やあ、拉致した車の追跡で加藤理子の行き先が分かったよ』


 ディミトリが知らせた車のナンバーを使って、Nシステムで追跡したのだそうだ。


「やっぱり、例の倉庫だったろ」

『ああ、君の推測通りだったね』

「それなら、閉じ込められている場所も心当たりはある」


 心当たりとは自分が閉じ込められていた部屋だ。脱出の時に適度に奥まっていたのを覚えていた。

 あの部屋なら人目に付かずに接近するのがちょっと難しいような気がしていた。

 だが、勝算はある。


(換気用のダクトが有ったよな……)


 閉じ込められた時の事を思い出していた。元々、倉庫だったので人が這っていけそうなダクトが天井にあったのだ。

 そこで、ダクトの中を伝っていって敵の背後を突いてリコを救出。後は、『なるべく』敵を殺らないようにして脱出。

 何となく旨く行きそうな気がした。


(これで行くか……)


 ディミトリは軽く算段した。駄目なら一人だけで逃げ出せば良い。他人のために命を投げ出す気はさらさら無かった。


「住所と地図を送ってくれないか?」

『それじゃ、加藤理子の救出は頼んだよ』

「ああ、分かった。 それで約束のものは用意出来たのか?」

『パスポートなら大丈夫。 弾薬は駄目だね』

「ちっ……」


 ディミトリは舌打ちをした。元々、弾薬の方はダメ元で頼んだものなので気にはしてない。複数有れば一つは通るだろうとの目論見だったのだ。

 只、悪態をついておかないと気が収まらなかったのだ。


「じゃあ、これから行って中に潜入してみるよ」

『ああ、宜しく頼む……』


 通話を切ったディミトリはヘリコプターの起動にかかった。起動自体は三分もあれば出来てしまう。


「ここか……」


 送られて来た地図によると倉庫の隣に工場が有る。地図情報サイトだと空き地の表示になってるが倒産した工場であろうとディミトリは推測していた。地図を衛星写真で見た限りではヘリコプターを駐機出来そうな空間も有った。


(人目に付くのもやだしね……)


 ヘリコプターが着陸するためには、最低でも七メートル四方の空き地が必要だ。重さが十トンある機体を持ち上げる風圧を発生させるので、砂塵などの舞い上がりが凄いからだ。それに一番の問題が市中に張り巡らされている電線だ。ヘリコプターはこれに滅法弱いのだ。黒い電線は景色に紛れ込み易いので、上空からは発見する事が非常に困難なのだ。


(ここなら何とかなるかな……)


 着陸場所の目処が付いたディミトリは廃工場を目指して離陸した。

 問題は飛行経路だ。高度を高く取ると航空管制のレーダーに掛かってしまう。無許可で飛ぶので叱られてしまう。

 なので、海面を舐めるように飛ぶ事にしていた。これならレーダーに見つかり難いと考えていたのだ。

 そして、目的の場所近くになると低音モードにして飛行をしていた。


(しかし、低音モードだと遅いな……)


 ディミトリが低音モードにしたのには理由が有った。敵に見つかってしまう可能性だ。

 ヘリコプターの騒音の原因はメインローターの風切り音にある。特にディミトリが操縦するUH-1は初期型である事もあり、騒音対策は施されていない。

 特徴的な『パタパタ』という音はブレードスラップ音と称されている。ローターが回って一度圧縮した空気を、後から来る高速で回転するブレードが再度叩く事によって起こされる音なのだ。


 そこで、ピッチ角度と回転速度を工夫する事で気持ち程度には音を減らせる事が出来る。ただ、飛行速度が遅くなってしまう欠点があった。しかも、燃料をバカ喰いしてしまう。


(海側から低高度で侵入すれば大丈夫だと思うけど……)


 倉庫の建物が防音壁みたいになるのを期待していたが、彼らが屋上に見張りを立てる可能性もあると考えていた。


 ディミトリは目的の廃工場に着陸させた。倉庫の方を素早く見たが特に変化は無かった。誰かに発見されていたら懐中電灯の灯りなどがチラつくと考えていたのだ。


(まあ、見つかったら皆殺しにしてしまえば問題解決だよね!)


 そんな事を考えながら倉庫に近づいていると剣崎から連絡が入った。


『問題の荷物は君が向かっている倉庫に入っていったよ』

「ああ、そうかい」

『……』

「……」


 タイミングが良すぎるなと考えたディミトリは、どこかにアオイが見張りに付いている事に思い至った。


『ついでに回収してくれないか?』

「え? 何でだよ」


 この剣崎の依頼は訳が分からなかった。回収となれば荒事になるのは目に見えている。違法な薬物を扱う連中が素直に渡すとは思えなかったからだ。それに、なるべく相手を殺るなとも言ってたはずだ。


『市中に出回ったら厄介だろう?』

「俺には関係ないよ。 アオイにやらせれば良いじゃねぇか」

『彼女は別件の用事があるんだよ』

「うんこでもしてるんか?」

『彼女は監視任務に付いている。 とてもじゃないが手が回らないんだ』

「じゃあ、諦めるんだな」

『……』


 ディミトリは危険な匂いがプンプンする剣崎の依頼には乗らない事にしたようだ。


『今回は現金で取引するらしいと情報が入っているんだが……』

「え……」


 話に乗ってこないディミトリに、剣崎は餌を見せつけることにしたようだ。馬を走らせるには目の前に人参をぶら下げるに限ると昔の人は言っていたらしい。それはディミトリの大好物。

 現金だ。


『かなりの金額を用意してるんじゃないかなあ~』

「……」


 金の話をされると事情が違ってきてしまう。だが、懸案が一つ有った。


「俺が金をかっさらったらそっちが困るんじゃないのか?」


 奪取した途端に取り上げられるのは良く或る光景だ。そんな間抜けな事はまっぴらごめんだと考えたのだ。


『金が無くて困るのは麻薬取締チームの方だ。 俺達じゃない』

「アンタ……」


 剣崎も中々の奴だった。目的のために手段を選ばないタイプのようだ。


(そういう考え方は嫌いじゃないけどな……)


 そんな事を考えてディミトリはニヤリと笑った。そして、倉庫の壁に取り付いて中の様子を伺う。


「じゃあ、その辺で見張ってるアオイにヘリコプターの見張りもついでに頼むよ」

『わかった』

(やっぱり居るんじゃねぇか!)


 つまり、自分たちでは直接手を出さないつもりのようだ。

 そして、汚い仕事をディミトリに押し付ける剣崎の目的が知りたかった。



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