第108話 闇を探る瞳
某県にある半島。
ディミトリはヘリコプターを操縦して、半島にある小高い丘に来ていた。
頂上付近に適当な広場が有り、そこに駐機させたのだった。事前に地図で確認していたので、ここまでは順調に事が運んだ。
「陽の有る内で良かったぜ……」
ヘリコプターには夜間に計器飛行する装置など無いので、夜間暗視装置を使う必要が出てくる。ところが、夜間暗視装置は空間が把握しづらいという最大の欠点があるのだ。
(しかも、気分が悪くなるしな……)
3Dゲーム酔いに似ていると言った方が分かりやすいかも知れない。ディミトリは、あの感覚が大の苦手なのだ。
(結構、距離があるな……)
此処からは印が付いていた場所までは歩きで移動することになる。
山歩きに慣れている人であれば、山を直線に歩くのは不可能に近い事は分かるだろう。起伏が有るので結構手間がかかるのだ。しかも、陽が落ちたので暗くなるというおまけ付きだ。
(まあ、他に着陸できる場所が無かったからな……)
今回、来たのは薬物の受け渡し方法の確認と荷物の輸送経路をチェックする事だ。
空きを見て荷物にGPS追跡装置を付けることが出来れば良いのだ。追跡装置はアオイから受け取っていた。
山を歩く間。ディミトリは銃の事を考えていた。気を紛らわすためだ。
(AK47はマガジン一つで弾は二十三発。 グロックには六発。 MB10には弾が五発……)
近代の戦闘は弾幕を張った後に突撃して相手を倒すのがセオリーだ。
今の弾数では、本格的な戦闘になると一人か二人倒すのが精々だろう。
(ちょっと、厳しいかな?)
ディミトリは銃を前にして、果たしてこれで間に合うのかを思案していた。
監視をするだけなので銃撃戦になるとは考え難いが、経験上軽い任務ほど酷い目に遭うことが多かったのだ。
(きっと、神と名の着くもの全部に嫌われているんだな……)
そんな事を考えげている内に目標の地点に到着した。場所は枯れた小川の縁だ。
「?」
確かに人目に付かない場所であるが、ここに到着するためには山を一つ越して来ないとならない。海岸から荷物抱えてやってくるには時間が掛かり過ぎるのだ。
(何で、此処なんだ?)
不思議に思っているとリュックを背負った男がやってきた。
ディミトリは彼に見つからないように、川辺りの林の中で身を潜めていた。
(今流行のソロキャンプって奴かな……)
ディミトリは単眼鏡で男の様子を見ていた。だが、背中のリュックにはキャンプ用品らしきものは見当たらなかった。
この手の人達は荷物を山盛り背負っているという感覚があった。と、いっても動画サイトで見た限りの知識だ。
(テントとか持って無さそうだな……)
男は手元のスマートフォンで地図を確認しているらしい。周りを見回しながら見比べている。
その動作から場所の確認しているらしい。ただ、周囲は暗くなってきているので確信が無いようだ。
(コイツが運び屋……かな?)
場所を知っていると言うことは、指示されてやって来たのだろうと考えた。用事も無しに見晴らしの悪い場所などには来ない。ならば、この男は運び屋なのだとディミトリは推測したのだった。
(じゃあ、後は荷物が届けられるのを待つだけだな)
運び屋は枯れ枝を集めて焚き火を始めた。きっと、時間がまだあるのであろう。
殿岡睦美のメールには荷物が届く時間は書かれていなかった。きっと、決められた時刻があるのだろうが、それを知らないディミトリはジッと待つしか無かったのだ。
(ん?)
深夜。運び屋に動きが見られた。盛んに周りをキョロキョロしている。ディミトリも周りの林などに注意を払っていた。
不意に現れた密輸組織の人間に見つかるのが一番拙いからだ。
(受け渡し時刻になったのか……)
ディミトリが運び屋を見ていると、ブゥーーーンと音が聞こえ始めた。
丸でハチの大群が飛んで来るような音だ。
「?」
すると、運び屋の頭上にドローンが飛んで来た。迷彩を施しているのか、夜目で何とか分かる程度だ。
そして、腹の下に何やら荷物を抱えている。
(おお……)
彼らはドローンを使って薬物の密輸を行っていたのだ。
電磁波吸収の塗装をして、低空を飛んで行けば海上保安庁のレーダーに引っかからない。何よりボートやヘリと違って小型なので視認しづらい。万が一見つかっても海の中に沈めてしまへば無関係を主張出来る。
(自律型の奴か)
コレであれば指定された場所まで飛び、荷物を落とした後で飛ばされた地点まで自動で帰還させる事が出来る。
中々に上手い手法だ。
(密輸って言うのもハイテクに成っていくんだなあ……)
ディミトリは関心してしまった。
犯罪者の方がハイテク技術を自在に使いこなしているのは世界共通であるらしい。
各国の捜査機関も大変な時代になったものである。
ドローンは運び屋の居る場所に荷物を降ろして、そのまま飛んで暗闇の中に消えていった。
運び屋は荷物を自分のバックの中に入れようと近づいて行く。
これまでの経過は動画で撮影していた。後は追跡装置を荷物に付ける事が出来れば宿題は終了だ。
ディミトリは自分が潜んでいる場所から離れた場所に枝を投げた。
運び屋の気を反らすためだ。すきを突いて追跡装置を仕込むつもりだ。
「!」
運び屋はビクッとして音がした方を見つめている。
「誰だっ!」
多くの場合、手慣れた犯罪者は露見を恐れて逃げ出すか、その場所にジッとしているものだ。だが、相手が素人であった場合には往々にしてやってはいけない事をやってしまうものだ。
それは音がした場所を確認に行ってしまう事。
「…………」
だが、彼は実行してしまった。荷物を置きっぱなしにして、音がした方にノコノコと歩いて行ってしまった。そして、懐中電灯で照らしながら音の正体を確かめようとしている。
(暗闇で懐中電灯を点けたら、自分の居場所を宣伝しているようなもんだろうに……)
何を確認したかったのか不明だが慎重に辺りを伺っているようだ。どうせ何も出来ないのは本人も分かっているが、それでもやっているのは暗闇に恐れを抱く生き物としての本能であろう。
暗闇から聞こえてくる音は恐怖心を起こさせてしまう。
(まあ、実戦の経験が無いとそうなるよね……)
自分だったら、気配を消して回り込みナイフで静かに葬りさってあげる。そう考えているし実践してきた。
(後は荷物に追跡装置を仕込むだけ……)
ディミトリは荷物に近づきGPS追跡装置を貼り付けることに成功した。追跡装置と言っても貼るカイロのようなシート状のものだ。
それを荷物の側面にペッタリと貼った。暗闇から聞こえてきた音に怯えた運び屋であれば、荷物のささやかな変化には気が付かないと踏んでいたのだ。
そして、運び屋に気が付かれないように、そっと闇の中に溶け込むよう帰っていった。
(闇ネットで集めた素人の運び屋だな)
食い潰れた奴や少しの刺激を求める酔狂な奴を募集するネット掲示板がある。
やばい仕事をやるのに人手が足りない事があると、守居たちはそこで良く運び屋を募集しているのだった。いざとなれば無関係を装えるし、見捨てるのにも躊躇しなくて済むのだ。
応募してくる奴も、中身がヤバイものであるのは分かっているが決して確かめない。バレた時に知らぬ存ぜぬを通せなくなるからだ。それに、中身を確かめた事が雇い主にバレると、かなりマズイ事になるのは分かっているからだ。
それでも、応募するのは金払いが良いのが魅力なのだろう。
(まあ、使い捨てにするには丁度良いけどな)
ディミトリは、ニヤリと笑って運び屋が荷物を持って下山するのを見ていた。
後は剣崎たちの仕事だ。
(さて、加藤理子を助けに行こうかね……)
ディミトリはヘリコプターのある頂上を目指して歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます