第107話 羊の仮面の下

カラオケ屋の駐車場。


 田口兄と言う頼り(?)になる先輩を連れてきた金髪プリンは意気軒昂に喚いていた。


「コイツ! コイツが変なスプレーを掛けて来たんすよ!」

「ああ…… そうなの……」


 登場した時の勢いはどうしたのか、すっかりシオシオ状態になってしまった田口兄。

 金髪プリンはそんな事は意にも介さずに捲し立てていた。相方の針金みたいなメガネを掛けたやつはニヤニヤと笑っている。


「じゃあ、彼を連れて行こうか……」

「うぃっす」


 田口兄は自分の車の有る方に連れて行こうと言うらしい。ディミトリとしても、その方が有り難かった。


(コイツ…… 鬱陶しいな……)


 少し苛立ってきたディミトリは、土田たちに見られずに背中の銃の感触を確認した。


「お前たちはもう帰って良いよ……」


 金髪プリンは気が良くなったのか、土田たちを開放してやる事にしたようだ。


「あ、そう」


 荒井と土田は自分たちから関心がそれたみたいなので、そそくさと立ち去っていった。

 人に面倒を押し付けておいて、中々に薄情な連中だ。


「こっち来いよ」


 ディミトリは金髪プリン頭に腕を掴まれて駐車場の奥に連れて行かれる。そこに車が一台駐車していた。

 馴染みの田口兄の車だ。


(まあ、結果的にアホ兄貴を探す手間が省けたか……)


 そんな事を考えていると後ろから肩を押された。


「早く乗れっ!」


 金髪プリンはディミトリを車に押し込もうとした。押されたディミトリは、バランスを崩して車の上がり口に尻を載せてしまう。

 ディミトリの腕を掴んで立たせようとした。相手がビビって腰が抜けたとでも誤解したのだろう。


 次の瞬間。


バキッ


 金髪プリンは壁に向かって吹き飛んだ。田口兄がパンチを送り込んだのだ。

 直ぐに相方の針金メガネにもボディに強烈な一発を入れている。二人共床に転がって悶絶している。

 田口兄は思いの外に腕っぷしが強かったのだ。


「すいません…… コイツラ何も知らないんで勘弁してやってください……」


 田口兄はディミトリに頭を下げていた。


「ん? 良いよーーー」

 

 ディミトリは気のない返事をした。何より、エアーサロンパスを吹き付けられて逃げていく様に、笑わせて貰ったので気にしてないのだ。


 一方の金髪プリンたちはいきなりの展開に頭がついて行かずにポカンとしている。呆けたように床に座っていた。


「君らはこの辺で遊んでるの?」


 ディミトリは車に腰掛けたまま尋ねた。


「ああ……」


 金髪プリンが気のない返事をした。年下に質問されるのが気に入らないのが見て分かる。


バキッ


 田口兄が鉄拳を金髪プリンの頭に振り下ろした。拳骨のままでだ。

 ちゃんと返事をしなかったせいであろう。


「はい、そうです……」


 中々、痛そうだなとディミトリは思った。


「ふーーーん…… じゃあ、今度から僕の事を見かけても無視してねーーー」

「え? どういう事でしょうか……」

「……」


 ディミトリは黙ったまま田口兄をチラリと見た。


ゴキンッ


 田口兄は無言のまま金髪プリンを殴りつける。


「質問して良いなどと言ってないだろう?」

「はい、分かりました……」


 どうやら躾けが効いたようだ。大人しく返事してきた。


「もう帰っていいよーーー」


 金髪プリンたちは訳も分からずに這々の体で走り去って行った。

 彼らを見送った後で、田口兄がディミトリの方に向き直った。


「あの…… どうして此処にいるんですか?」

「どっかの誰かがコインロッカーに厄介な物を捨てたせいだよ」


 だが、経緯など説明しなかった。意味が無いと考えたからだ。


「す、すいません……」


 流石に田口兄でもディミトリの言わんとしていることは解る。自分が面倒の種を蒔いてしまったと理解したようだった。


「まあ、良いよ…… 向こうの学校には戻らないから弟くんに伝えておいてくれ……」

「はい……」

「用件が有るのは田口くんだけだ。 君も帰って良いよ……」


 田口兄の連れに言った。田口兄の豹変にオロオロしていた友人は大人しく帰って行った。田口兄の様子から厄介な相手だと判断したのだろう。


 ディミトリがこの友人とやらを帰したのは、自分の事情を知る人間を少なくするためだ。


「あの…… 用件って何ですか?」


 友人がスゴスゴと帰っていったのを見届けて田口兄が聞いてきた。


「トラックを運転してくれないか?」

「トラックですか?」

「ああ、灯油販売のタンク車って見たことある?」


 冬場になるとオルゴールを鳴らしながら住宅街を走り回る小型のタンクローリー車の事だ。

 少し割高になるが、自分で重い灯油を買いに行けない年寄りには便利な行商車だ。


「はい、荷台にタンクを積んでいる奴ですよね?」

「そうそう、あれを運転して欲しいんだよ」

「分かりました」

「まあ、手間賃を弾むからよろしく頼むよ」


 ディミトリは尻のポケットから無造作に畳まれた紙幣を見せた。恐らく十万くらいは有るだろう。


「はい」


 手間賃と聞いて田口兄は元気になった。やはり、こういう輩は金と恐怖で支配するに限るなとディミトリは考えていた。

 始末する件は無しにしておいてやろうと決めたのであった。


「じゃあ、今から言う所に寄ってくれるかな?」


 そう言ってディミトリは田口兄の車に乗ってジェット燃料を受け取りに行ったのであった。

 そして、ヘリコプターに給油した後に、取引現場と思われる場所へ潜伏しに飛ぶつもりだった。


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