第106話 群れに潜むモノ

ディミトリの隠れ家。


 隣町からはタクシーで帰宅した。そのまま、隠してある銃を持ち出す為に隠れ家に直行した。

 取引は今夜行われるので、事前に現地に潜んでおく為だ。


 次にディミトリは運転手を確保する為に田口兄に電話をした。


「……」


 ところが、電源を切っているらしく呼び出しに応じなかった。


(肝心な時に使えない奴だな……)


 そこで、ディミトリは弟の方に電話した。弟は兄と違って直ぐに電話に出てくれた。


「よお、お前の兄ちゃんに頼み事が有るんだが電話が繋がらないんだわ」

『カラオケ屋に行くって言ってましたよ……』

「やれやれ、厄介事から開放されたて、もう遊び回っているのかい」

『そうみたい。 久しぶりなんだから勘弁してやってよ』

「ふん。 こっちからカラオケ屋に行くわ」


 ディミトリはチャリでカラオケ屋に向かった。そこはリコがバイトしている店だった。


(友人を探しに来ていると言えば、中に入れて貰えるかな……)


 前回もそう言えば良かったなどと自省しつつ、自転車を止めようと裏手に回った。駐輪場が有るからだ。

 ところが、カラオケ屋の駐輪場に行くと、土田と荒川が地元のヤンキーたちと揉めていた。肩がぶつかったのがどうのこうと喚いているのが聞こえる。


(何で、ここにいるんだよ……)


 係わり合いになるのが嫌だったディミトリは踵を返そうとしたが遅かった。


「よお、若森じゃねぇか!」

(げっ……)

「どこに行くんだよ」


 声を掛けて来たのは土田だ。彼は学校のトイレで見せたディミトリの喧嘩強さを知っているのだ。喧嘩に引き込もとしているのだろう。


「ああ?」


 すると、腰パンで頭髪を金髪と黒色に染めているいかにもなヤンキーといった風貌のヤツが、タバコを吹かしながら近づいてきた。


(何でちゃんと染め上げないでプリンみたいな頭にするんだろう……)


 金髪プリン頭を見ながらディミトリは不思議に思っていた。そんな事も知らずに金髪プリンは近づいて来る。

 土田たちの友人と思われたのだろう。


「あんだ? お前もやるのかよ?」


 『地元の中学で俺は喧嘩最強だったんだぜ』とか、そんな感じの事を言いながら顔を寄せてくる。

 見た目は優等生っぽいディミトリは自分より格下だと思ったに違いない。


(人目が無かったら遠慮せず殺るけどな……)


 だが、ここでは人が多いし、何よりターゲットの荒井や土田の前で銃を出すのを躊躇った。

 連中がビビって取引を中止とかされると、お小遣いゲット計画が駄目になってしまう。そこを懸案したのだ。


「ビビってんじゃねぇぞ!」


 ディミトリの沈黙を弱腰だと勘違いした金髪プリンは怒鳴り散らしていた。

 荒井と土田は両側を金髪プリンの友人に挟まれていた。四人とも金髪プリンとディミトリを眺めているだけだった。


(口が臭えな……)


 ディミトリは車に跳ねられたせいで肩コリに悩まされていた。そこで、痛みを和らげる為に携帯用エアーサロンパスを持ち歩いているのだった。


(そうだ!)


 金髪プリンが顔を近づけて来たので、エアーサロンパスを目に吹きかけてやった。


「ほぅわあぁぁぁーーー」


 どうやら目に染みたらしい。甲高い声で叫び始めた。しかし、今度はきぃきぃと上げる悲鳴が煩くなった。

 なので、次は口の中に噴射してやった。

 喫煙者の口臭は酷い物なので丁度良いだろうと気を利かせたのだ。


「むぐぁ! ぐぇっほぐぇっほっ!」


 肺の奥から込み上げるような咳をしている。

 エアーサロンパスは喉には効かないらしい。一つ学習になった。


「ふんむあぁぁぁぁーーー」


 奇妙な甲高い悲鳴を上げながら奴は走っていった。他の二人も一緒に走っていった。


(何んだ? アイツ??)


 その有様にディミトリは思わず笑ってしまった。荒井や土田も笑っていた。


「何か知らないけど助かったよ」

「いえ……」

「どうだ? 一緒にカラオケでもやらないか?」

「人と待ち合わせをしているんで失礼します……」


 普段、良い子を演じているディミトリは礼儀正しく立ち去ろうとした。だが、尚も一緒に遊ぼうと誘って来ていた。

 すると、駐車場の奥からプリン金髪が戻って来るのが見えた。何故か人数も増えている。


「先輩! アイツラです」


 先程の金髪が先輩とやらに大声でまくし立てている。


 多くの不良と呼ばれる人種がそうであるように、自分を大きく見せようとして、肩を怒らせるように揺さぶりながら近づいてくる。

 先輩と呼ばれたヤカラもそうであった。


「……」


 だが、その先輩の顔を見た時にディミトリは顔をしかめてしまった。見知った顔だったのだ。


 田口兄だ。


(また、オマエか……)


 ディミトリはウンザリしながら少しうつむき加減になった。

 田口兄に見つかると色々と面倒になるのは目に見えている。


(ああ…… 不味いな……)


 確かに彼を探してやって来た。だが、探し当てるのは、このタイミングでは無い。


(筋金入りの間の悪い奴だな……)


 何しろ彼は事情を知らないし、荒井たちに田口兄と知り合いだとバレるのも不味い気がする。

 後々、やり難くなる気がしたからだ。


(もう、コイツ面倒くさいから始末しちまうか……)


 車の運転ぐらいなら、ディミトリ自身でどうにかなる。警察の目に付くと無用な軋轢を生むので避けたかっただけだ。

 だから、呼べばやって来る田口兄が便利だったのだ。


 しかし、面倒事ばかり持ってくる男にウンザリしはじめていた。


 ディミトリがそんな物騒な事を考えているとは知らずに田口兄がタバコを咥えた。すかさずタバコに火を点けてやる金髪プリン。

 田口兄は歯の隙間から空気を吸い込む感じで『シィーッ』と音を立てながら煙を吸い込んでいる。

 それから徐に煙を吐き出した。相手の顔にかかるように吹き掛けるのだ。相手を挑発する時にやる手口だ。

 喧嘩は先に手を出したら何かと不利になる場合が多い。先手必勝はスポーツの時だけだ。


「!」


 そして、二回目に煙を吸い込もうとして動作が止まった。瞳孔が開いていくのが分かる。

 ディミトリが居ることに気がついたのだ。


「…………」


 額に大粒の汗が浮かんでいるのが見えた。心無しか手も震えている感じだった。

 それは、ディミトリが敵と認めた者を躊躇なく殺すのを良く知っているからだ。

 或いはディミトリの目が冷たく光っているように見えたのかも知れない。


「……」


 ディミトリは他のメンツに悟られないように、自分の口に人差し指を当てた。勿論、『黙ってろ』の意味だ。

 ここで自分が何者なのかを悟られるのは得策ではないからだ。


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