第105話 独りの勇者
隣町の駅前。
駅前にはバスロータリーがある。
駅から出たリコは自分の街に戻ろうと言うのかバス停に向かうとディミトリは思っていた。
(尾行を感づかせて自分は脅しには屈しないと見せたのか……)
彼女の身辺調査報告を見ていたディミトリは確信した。彼女は兵士だ。
『男が百人いれば戦いたいと言い出すのがひとり位は居る。 しかし、実際に戦うのは百万人にひとりだ』
ディミトリが傭兵になった時にコーディネーターに言われたセリフだ。もっとも、自分の場合は他に選択肢が無かったせいも大きい。ところが、彼女の場合は実際に闘う事を選んだようだ。
そして、独りでブラックサテバを葬り去ろうとしている。
『敵兵士で一番厄介なのは信念を持って闘う奴だ』
降伏するという選択肢を選ばないので、負けそうに成っていても戦闘が終わらないからだ。
イスラムゲリラがそれに該当する。ディミトリが闘った連中の中で一番厄介だったのを覚えている。
彼女もその類いの厄介な最強の兵士であろう。
(自分の信念の為なら生死も厭わないタイプだね…… あの娘)
周りで仲間は死んでいく中。いつかは自分にも順番が回ってくるかもしれないと覚悟はしていた。
何故なら死ぬことも兵隊の仕事だからだ。ディミトリはそう理解していた。
だが、そのヒリヒリとした緊張感が心地良かったのも事実だった。
たった独りの勇者にディミトリは親近感を抱き始めていた。
リコはバス停には真っ直ぐに向かわずに駅前を歩き始めた。この先にはファッションビルがあり、女の子向けの衣類などが取り扱われている。
(ちょ…… 女の子向けの服って尾行出来ないじゃんか……)
ディミトリは少し焦ってしまった。今度は自分の尾行を撒こうとしているのかも知れないと思ったのだ。
すると、電車に乗る前にリコを追跡していた車が、背後から近づいていくのが見えた。その動きからディミトリにはピンと来るものが有った。
(ああ、ヤバイんじゃないか?)
車は横のスライドドアを開けて、リコの真横で車を停車させた。ビックリしたリコは走り掛けたが、車から降りてきた怖そうな男たちに車に押し込まれてしまった。
「!」
車はそのまま走り去っていった。時間にして十秒も掛かっていないであろう。
その様子はリコに注目していたディミトリにしか分からない手早さであった。
(手慣れているのね……)
ディミトリが見た時にリコは口元を抑えられたままだ。
(あらあらあら……)
どうやら、脅しに屈しない彼女に焦れた連中が身柄の確保に乗り出したようだった。
そのタイミングでディミトリに電話が来た。
『…… ジェット燃料の用意が出来たよ』
剣崎からだ。
「ありがとう」
『アオイくんに車の鍵を持たせているから、彼女から受け取ってくれ』
「これから行くよ。 置いてある場所をメールして貰えないか?」
『分かった……』
「ああ、そうだ。 加藤理子は攫われたよ」
『なに!?』
剣崎が心底ビックリしたかのように声を出した。
「怖そうなお兄さん方の車に載せられていった」
『直ぐに救出に向かってくれ』
剣崎の声に焦りが聞こえていた。珍しい事があるものだとディミトリは思った。
「だが、断るっ!」
ディミトリは即答した。理由はめんどくさいからだ。
絶対に争い事になるし痛いの嫌だしそれに金にならない。
『え?』
剣崎はディミトリの返事に驚愕しているらしい。
女の子が目の前で攫われたら、誰でも義憤に駆られて助けに行くものと思っているらしかった。
「え?」
ところが、ディミトリは違う。
金にならない仕事などまっぴらごめんなのだ。正義や親切では飯が食えない。
他人の為に命を掛ける意味の無さを良く知っているからだ。
ましてや、今回の拉致は彼女自身が仕向けた気配がある。恐らく守居たちと直接対決したいのであろう。
邪魔をしては悪い。ディミトリも珠には気を利かせることも有るのだ。
「危ない事をしてはイケマセンって婆ちゃんに言われてるんだよ」
『あのな……』
ディミトリの気のない返事に剣崎は言い募ってきた。何とかして面倒事を押し付ける気のようだ。
「それにそっちの仕事だろう?」
『……』
ディミトリの言い分はもっともだった。剣崎は警官で在るのだから自分たちで救出に動けば良いだけなのだ。
『何が望みだ?』
「緑色のパスポートと弾薬」
普通、日本人のパスポートは赤や紺色をしている。緑色は公用パスポートだ。日本と外交のある国ではフリーで出入りが出来る超便利グッズだ。
弾薬は手配してくれるとは思えないがついでに頼んだ。二つ要求すれば片方は通して貰える可能性が高くなる。
これも交渉術の一つだ。
『考えておく』
「俺が口約束を信じるとでも思ってた?」
『分かった。 必ず何とかするよ』
「相手の車を写メに撮ってあるから、そっちの方で追跡してくれよ」
ディミトリは車の後ろ姿を撮影していた。車のナンバーも写っているので、剣崎であれば警察の『Nシステム』を使えるはずだ。
どちらにしろ相手が車ではディミトリは追跡のしようが無かったのだ。
『どの辺に向かうか分かるか?』
「多分、湾岸沿いにある連中の倉庫だろ」
かつて自分が連れ込まれた倉庫だ。海岸に面しているので用件が済んだ相手を処分しやすい。
『君がヘリコプターをかっぱらった所か?』
「他には知らないな……」
本当は何箇所か知っているが規模が小さいので違うだろうと推測していた。
「どっちにしろ直ぐに始末はしないだろうから、ブラックサテバの取引を見張るつもりだ」
『でも、女の子だろ?』
「はしゃぎ過ぎると痛い目に遭うのを学習させる良いチャンスだろ」
身柄を攫うような連中はじっくりと時間を掛けて尋問する。だから、数日ぐらいなら平気だろうと見ていた。
ディミトリは、その間に取引の邪魔をして、守居たちが直接出て来る状況を作り出すつもりだった。
『なるべく相手を殺さないようにね』
「……」
ディミトリは無言だった。
『出来ない約束をしてはイケマセン』と、祖母から言われていたからだ。
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