第103話 半島の地図

コンビニが見える雑居ビル。


 ディミトリは加藤理子を追跡していた。彼女の行動を観察するためだ。

 今日は雑居ビルの外階段から彼女の様子を伺っていた。塾に向かうものと思っていたのにコンビニに入ってしまった。


(ん?)


 そして、コンビニで本を立ち読みし始めたと思ったら、駐車場に居た車が彼女目掛けて突っ込んでいったのだ。

 彼女の咄嗟の行動にディミトリは驚愕してしまった。


(うぉ! 上に逃げることが出来るのか……)


 彼女は車の動作に気が付くと、目の前の本棚に足を掛けて天井の照明に飛びついたのだ。車は彼女の足元をすり抜けて店の奥に消えてしまった。

 彼女は飛び降りると店の外に出てきてしまった。


「……」


 そのまま店の外を見回している。


 店の中では背中に『村上春樹』と書かれたジャケットを着た老人が何事か喚いている。何故、その名前なのかは分からない。

 そして、店内はカオス状態だ。店員が走り回っていた。


(事故では無いと判断したのか……)


 彼女は事故を襲撃と考えて、実行犯を見張っている監視役を見つけようとしていると推測した。これは、襲撃を受けた兵士が敵を索敵する時にする行動だからだ。


(冷静だな……)


 きっと、守居たちを挑発したのは、彼らに行動を起こさせる為なのだとディミトリは思った。

 その結果が今回の事故なのだろう。


(何者なんだ?)


 冷静に判断出来る彼女に疑問を持った。


(どう見ても戦闘訓練を受けている人間の動きだよな?)


 結論から言えば、彼女の行動は軍事訓練を受けた人間の模範のようなものである。

 自分でもあそこまで行動が出来るのかと言うと甚だ疑問であった。


(この経歴でとなると…… 武道の嗜みが有るとかかな?)


 手元でパッドに表示されている経歴を見ながら考え込んでしまった。


(元々、監視対象じゃないから深くは調査してないとかも或るかも……)


 警察側の記入漏れの可能性も少しは或るかも知れないと思い至った。


(よしっ! 剣崎のおっさんから聞き出すか)


 そう思って単眼鏡を仕舞おうとした時に、リコと目が合った気がした。

 あの執念深い目が自分の方を向いていたのだ。


「!」


 ディミトリは本能で隠れてしまった。ある程度距離が離れているので大丈夫だと考えていたが、彼女の能力は予想を超えていたのだ。


(くそっ、不意を突かれてしまったぜ)


 こちらの人相までは分からないとは思うが念の為だ。


(ちっ! これじゃ、俺がストーカーみたいじゃねぇかよ……)


 舌打ちをしたディミトリは駅の方に歩きながらスマートフォンを取りだした。剣崎に彼女の詳細な調査を依頼する為だ。


(話し合う必要があるかもしれん……)


 障害になるようなら転校させる様に剣崎に言うつもりだった。

 彼女の目的は予測が付くが自分の計画に邪魔になりそうだからだ。


(始末する訳にもいかないからな)


 ディミトリはそんな事を考えてニヤリと笑ってみせた。



 その夜。自宅に戻ったディミトリは剣崎に電話を入れた。


『加藤理子の追加報告は無いんだけどね』


 剣崎がディミトリの質問に答えて来た。彼は彼女の行動には関心が無いように聞こえていた。


「監視の邪魔になる可能性が強いんだよ」

『彼女をどうしたいんだい?』

「このままだと必ずトラブルになる。 そうなる前に彼女を引き離して欲しいんだがね……」


 トラブルになれば彼らが取引を控えてしまうであろう事は目に見えている。それだけは避けたかったのだ。

 彼らが取引に成功して浮かれている内に強襲してパソコンを奪取。お小遣いゲットがディミトリの目的であった。


『分かった。 考えておくよ』

「それとヘリコプターのジェット燃料が欲しい」

『何に使うんだい?』

「連中が取引をしようとしている場所が車では入っていけない場所なもんでね……」

『場所を教えてくれないか?』

「緯度経度の情報は後でメールで送信するよ」

『了解した。 燃料もどうにかするよ』

「分かった」

『運転は自分でするのかね?』

「車? ヘリコプター?」

『両方』

「車は当てがある。 ヘリコプターは俺しか操縦出来ないでしょ」

『なる程……』


 それだけ言うとスマートフォンを置いた。ジェット燃料は手配が出来次第連絡をくれるのだそうだ。


 ディミトリの目の前には、とある半島の地図が映し出されている。そこにバツ印が点滅していた。少し離れた場所にヘリコプターが着陸できそうな空き地もある。

 バツ印の位置は道路も建物も無い場所だった。人が徒歩で登って行くのであろう。つまり、荷物の大きさは人が運べる程度であるらしい。


(海岸沿いなら分かるが、何で山の中で受け渡しをするんだ?)


 海岸沿いだと裏切りに有った時に取り逃がしてしまうとでも言うのだろう。それに海上保安庁の監視もとても厳しい。

 用心深い連中なのは分かっているが、相手に顔を晒す方法で受け渡しするのは意外であった。もっとも、代理人が受け取る可能性が高い。

 荷物の行方を追いかけてブラックサテバとの関係を証明できれば任務は終了だ。


 そこでディミトリは事前に、この場所に潜んで荷物の受け渡し方法を探るつもりだった。


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