第102話 たった一人の反逆者
加藤理子の自宅近く。
加藤理子は塾に行こうとして道を歩いていた。
「……」
その道すがら考え事をしていた。
もちろん、ブラックサテバなどと自称している例の五人組の事だ。
最初の手掛かりはパーティーに誘われた路上の防犯カメラだった。カメラの録画映像を手に入れるのは簡単だった。掃除員の格好をして建物に潜入して拝借したのだ。違和感が無かったのか見咎められることが無かった。
その映像から自分たちを誘ったチャラ男たちの画像を手に入れ、顔認証システムを使って立ち回り先を調べた。それから付近の薬の売人を調べだした。次は薬の売人の行動パターンから流通の元締めを探し出した。
もちろん、建物に勝手に入って防犯カメラ映像を手に入れたり、ハッキング掛けたり、尾行したりなど行ったおかげだ。
自分に薬を盛った連中も分かった。親の金で遊び歩いている連中の一人だったのだ。ソイツが薬の売人とつるんでいるのをカメラに残っている。
お陰で売人と薬物密売組織が判明した。中華系のマフィアで『灰色狼』だ。
だが、全体を統括してると思われる組織の概要が分からなかったのだ。
表に出てくる密売屋は分かったが、元の薬を仕入れている組織が不明だった。
(よし…… まず、手足をもいでみせる……)
そう、ほくそ笑んだのも束の間。薬の売人は急に姿を現さなくなった。
日本に薬を持ち込んでいた灰色狼とかいう組織もかき消すように見かけなくなった。
薬の販売ルートを潰してしまえば、大本の連中が慌てて乗り出してくると見込んでいたのに肩透かしをされた感じだ。
(何で……)
薬の売人が自分の売り場を放棄するなど有り得ない。
警察の厳しい取り締まりの中で、新しい客を見つけるのが難しいからだ。
(対抗組織が縄張りを掠め取ろうとしている?)
リコは縄張り争いで売人が消されたのでは無いかと最初は考えていた。
(それとも奴らを潰して回ってる奴が居る……)
これも縄張り争いの範疇だが、売人の居たシマに新しい売人が現れた様子が無い。
薬を買う奴は売人の所属する組織など関係無い。ただ、薬が欲しいだけなので新しい売人からでも買ってしまうものだ。
ならば、自分の様に麻薬密売組織を潰して回っている奴の存在が浮かび上がってくる。
(義賊気取りの誰か……)
相手が片っ端から消失してしまう謎に困ってしまった。
結局、分からないままなので、リコは方針を転換した。密売の大本を叩く事にしたのであった。
薬の売人と荒井たちの繋がりはひょんな事から判明した。自分の通っている高校の教師が密輸組織の構成員だったのだ。
それが小杉だった。
小杉は無類の女好きで、後腐れのない相手を探すのに麻薬の売人を使っていたらしいのだ。
そして、小杉を見張っている内に自分を貶めた相手を見つけたのだ。それが荒井と土田だ。
彼らはリコの事を覚えていなかったようだ。化粧していたせいも有るが、彼らにとっては取るに足らない相手だったのだろう。
(親が警察やら代議士やらか…… 警察が本気にならない訳ね……)
彼らの背景を調べて、親が権力者である事を知った。
そこでリコはブラックサテバの連中を罠に嵌める事にしたのだ。
(どうせ、警察は当てにならないし)
警察に見知らぬ男に薬を飲まされたと言っても信用されなかった。彼らは事件にする気が無いように思えたのだ。
(いきなり設問しても白状しないのは分かっている……)
証拠らしい証拠が無い。だが、彼らであることは分かっている。ならば、証明してみせるとリコは考えたのであった。
つまり、彼らの仕事の邪魔をして、自分を拉致させるように仕向けようとしていた。
そして、自分を設問している所をネットで配信して彼らの悪さを世間に知らしめてやろうと画策していた。
(まあ、直接手を出すとは考えてないけどね)
それが土田に尾行を感づかせた訳であった。きっと、子飼いの反社会組織にやらせるであろう。それから、どうやって詰めていくのかを考える必要があった。
まだ、これからの詳細は決めてはいなかった。多分にいきあたりばったり感溢れる計画であった。
立ち止まると、友人を失った悲しみに潰されてしまう。そう感じていたリコは行動することを選んでいるのだ。
ふと、気が付くと塾の近くまで来ていた。だが、塾の開始時間まで少し時間が或るようだ。
リコは考え事をしていると速歩きになってしまう癖がある。
(んーーー、まだ少し時間があるな……)
リコはコンビニ入って時間を潰す事にした。
塾の教室に入っても良いのだが、他の生徒達のザワザワとする雰囲気が今は煩わしかった。
周りを安全な大人たちに囲まれた彼らのバカ話はイライラが募ってしまう。どうにもならない葛藤に苛まれてしまうのだ。
コンビニで立ち読みをしていると、目の前に駐車している車が目についた。
黒い軽自動車で運転席に居るのは若い男性だ。スマートフォンを片手に握っているのが見えた。それから男と目が合ったような気がしたのだ。
「え?」
次の瞬間。軽自動車が飛び出すように自分に向かって来るのが見えた。
リコは咄嗟に本の棚に足を掛けて天井にある照明に飛びついた。丸めた足の下を車が駆け抜けていく。
咄嗟の出来事の場合、普通の人は何故か車の進行方向に向かってしまう。これは追いかけられたら逃げるという生き物の本能なのであろう。
横に飛ぶなり上によじ登るなりの緊急回避が出来るのは、戦闘訓練でも受けていないと咄嗟には出来ないものだ。
凄まじい轟音と窓ガラスを撒き散らし、店の商品をなぎ倒しながら車は店内に侵入し、壁にぶつかる寸前に停止した。
店内はホコリが舞っていて、見通しが悪くなっている。
「お怪我は有りませんかあーっ!」
そんな中を店員が店の中で大きい声を出していた。客の安全確認だろう。
ホコリが舞っている中、騒然とする店内からリコは外へと脱出した。
十五分程度で警察が到着して、店員や運転手に事情聴取を開始していた。車はボンネットが捲れ上がりフロントガラスは大破していた。タイヤも斜めに傾くなどして事故の衝撃の大きさを物語っていた。
リコは店から少し離れた位置から様子を伺っていた。関わり合うと面倒になると思ったのだ。
窓越しだったので若者だと思ったのだが、車から降りてきたのは初老の男性であった。
運転していた男は『アクセルとブレーキを踏み間違えた』と言い訳しているのが聞こえている。まあ、良く或る言い訳だ。
新聞などにも良く賑わせる老人の踏み間違い事故。
(ふっ……)
だが、リコは車が動き出す前に、男がニヤリとしていたのを覚えている。
間違いなく自分を狙って来たのだろうと確信しているのだ。事故を装っているだけなのだ。
(直接警告をして来たか……)
リコはブラックサテバの連中を挑発すれば手を出してくると確信していたのだ。
後ろ暗い事をしている連中は監視されるのを嫌う。彼らは邪魔者は容赦しないとのメッセージを寄越したのだ。
それはリコが望む展開だった。
(分かりやすいメッセージという事は焦っている?)
彼らの力の行使なら躱せる自身はある。問題はブラックサテバの連中を罠に嵌める方法だ。
(最初の段階は通過ということか……)
彼らの闇の商売を白日の下に晒して親の威光が届かないようにする。そうすれば彼らに裁きが下るであろう。
直接、手を下しても彼らには何が悪かったのか理解出来ないに違いないと考えたのだ。
「深淵の暗闇の中に、必ずお前たちを引き込んでみせる」
リコの目がスマートフォンに表示させたブラックサテバの四人を見ていた。
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