第101話 天井裏の虫
殿岡睦美の家。
ディミトリは彼女が帰宅してくるのを待っていた。自宅の住所は剣崎から配布されたタブレットに入っている。
自宅は家族三人で住んでいる。父親は殿岡浩一(とのおかこういち)、内務大臣で政府与党である民民党の有力者だ。
今夜は親睦会のパーティーに夫婦一緒に出かけている。二人とも深夜まで帰宅しないはずだ。
中に侵入するのは簡単だった。階段にある明かり取りの窓が開いていたのだ。
最初は彼女が帰宅した時に忍び込もうと考えていた。そうじゃないと警備会社の警戒システムが作動したままだからだ。だが、家を観察していると、この窓のカーテンが揺れているのを発見したのだった。
(窓のカーテンが揺れるのは、普通に考えると窓が開いていて風が入ってるってサインだからな)
警備会社の警戒システムは窓の振動などを検知する。窓が開いているのはセンサーが付いてないのであろう。
現実の空き巣もこうやって侵入経路を見つけるのだそうだ。
侵入そのものは簡単だった。閑散とした住宅地だったので人通りが無かったおかげだ。
家に侵入したディミトリは素早く二階の部屋を全て確認して回った。子供部屋は二階の南側である事が多い。
ディミトリの推測では彼女は帰宅後にシャワーを浴びるはずだ。そして、シャワーを浴びて油断しているすきにパンツ、じゃなくてノートパソコンに小細工を仕掛けてしてしまおうと考えていたのだ。
ノートパソコンを強奪しても良いが、それだと取引を変更されてしまう可能性が有るので辞めにした。
(取引の連絡はメールだろうから、それを確認して剣崎のおっさんに報告して終わりだな)
取引が行われれば薬の流れも判明する。メールの存在は言い訳の出来ない証拠になるはずだ。
そして、今回の目的は薬物取引の証拠を押さえること現場の確認もしたかった。
家の中を家探ししていると玄関からガチャガチャと音がした。誰か帰宅したのだ。それはムツミであった。
ディミトリは急いで二階に上がり、彼女の部屋の天井裏に潜んだ。クローゼットに点検口があるのを見つけていたのだ。
そして、照明の取り付け穴から医療用のスコープを部屋に入れた。ムツミがシャワーに行くのを見張るためだ。
(これじゃあ天井裏に潜む虫だな)
ところが、ムツミは自分の学習机に座り込んでスマートフォンをいじり始めた。
(メールでも出すのか?)
今どきの女子高生にとってSNSは無くてはならない存在。きっと返信を山盛り出すのかと思ったが違ったようだ。
スマートフォンの画面に写っているのはどう見てもゲーム画面だったのだ。
(え……)
なんとムツミはアプリゲームを始めてしまったのだ。気分転換なのだろうがディミトリは焦れてしまった。
彼女の両親が帰宅する前に家から脱出したかったのだ。それに天井裏はホコリっぽい。
(何だよ…… サッサとシャワー浴びれよ……)
彼女がゲームを始めてしまったので、退屈したディミトリは支給された情報タブレットを操作しはじめた。
加藤理子についての情報がメールで届いていたからだ。
(へぇ、薬物で意識不明になって入院ね……)
薬物中毒で意識不明。そのまま半年以上入院と書かれている。
一緒に居たのは友人と書かれていた。その友人は死亡している。
(バッドトリップかアレルギー反応かだな……)
彼女は騙されて薬を服用されたと主張したが、事件その物は容疑者不明として処理されてしまっていた。
警察が中毒患者の言うことをマトモに聞かないのはよくある事だ。
(なる程ね……)
彼女は友人の敵討ちでもやりたいのだろうとディミトリは推測した。
(それで薬販売の元締めを追いかけていたのか……)
目的は薬の販売組織の販売ルート壊滅なんだろうかと考えた。
(それとも組織そのものを殲滅させるのか?)
ディミトリとしてはどちらでも良かった。彼らの安全など知ったことでは無いからだ。
自分としては剣崎の宿題を片付けて、麻薬組織の売上を戴ければそれで良かったのだ。
(でも、個人で組織を割り出すとは優秀じゃねぇか……)
何の手段も持ち合わせていない個人が特定の人物を割り出すのはかなり困難だ。
警察も詳細な情報は教えてくれなかったであろう事は予想出来る。
ましてや、相手は犯罪組織だ。
(オッパイ無いけど)
加藤理子が歩いている所を撮影された写真を見ながら漠然と考えていた。
ディミトリはワガママボディのオネェちゃんが好きなのだ。
(剣崎もコイツに仕事を頼めば良いんじゃね?)
警察ですら手こずる相手に彼女は果敢に挑んでいるのだ。かなり優秀であるのは間違いない。
彼女の目的を聞き出す必要があるかも知れないなと考えた。
(オッパイ無いけど)
それでもディミトリは乳のデカさが気になるらしい。
そんなしょうもない事を考えていると部屋の中に変化が有った。ゲームに飽きたのかムツミが部屋を出ていったのだ。
しばらくすると、どこかの部屋のドアが閉まる音が聞こえた。
ディミトリは天井裏からコッソリと抜け出し廊下から顔を出した。家の中の様子を探るためだ。
何やら水を出す音が聞こえる。ムツミはシャワーを浴びているようだ。
ディミトリはムツミの鞄からノートパソコンを出し、遠隔操作用のプログラムを仕込んだ。これはノートパソコンの操作画面を、離れたパソコンに送る物だ。画像データは無理だがテキストデータであればリアルタイムで見ることが出来る。少し重くなるのが欠点だ。
動作することを確認したディミトリは入ってきた窓からコッソリと退散して家路に着いた。
隠れ家に着いたディミトリは自分のパソコンの電源を入れた。そして、遠隔操作のプログラムを起動した。
(ふぅ…… いつもながら対象への侵入は緊張するぜ……)
もう少し時間を掛けて観察したかったが、加藤理子の存在が気になったので急いだのだ。何だか邪魔をされる予感していたのだった。
ディミトリは部屋でムツミのノートパソコンが起動されるのを待った。
ノートパソコンが起動されたのは夜中だった。多分、食事でもしていたかゲームの続きでもしていたのだろう。
最初はメールの確認をしていた。何か返事を出していたが恐らくは取引量の交渉らしかった。ズバリと書いてしまうと米国のエシュロンに引っかかるので遠回しの表現を使っていた。
暫くすると、ムツミはノートパソコンの前から離れた。
何故、分かるのかというとノートパソコンに付いている内臓カメラもハッキングしているからだ。
ムツミが席を離れたすきにメールの内容をダウンロードした。そして、ダウンロード終了と共にムツミが戻ってきたので少し焦ってしまった。
(ふぅ…… あぶねぇ……)
何通かは普通のメールっぽかったが、気になるメールが一通だけあった。
(数字だけね……)
少数点付きで二つ有った。どう見ても緯度経度情報なのは明確だ。そこに荷揚げされるのであろう。
地図情報を探してみると海に突き出た半島で、民家からも国道からも離れた山の中だった。秘密の取引するにはもってこいの場所だ。
(海からコッソリと上陸して荷渡しかな?)
ただ、気になるのは道すら無さそうな場所で、海から上がってくるには遠い気がしたのだ。
ディミトリは監視に行こうかと考えた。上手くすれば受け取りする奴に追跡装置を仕掛ける事が出来るかも知れないと思いついたのだ。
(まあ、剣崎のおっさんに相談だな…… 俺がやるのなら小遣いせびってやろう)
ディミトリの言う小遣いは『金』では無い。日本国発行のパスポートを要求しようと考えていた。
日本のパスポートは日本以外の国では結構役に立つからだ。
ムツミは次に銀行と思われる画面を開いたが、ディミトリが想像していた物と違っていた。海外銀行だと思い込んでいたのだ。
(仮想通貨で取引か…… まあ、想定通りだな)
仮想通貨の取引所の画面だったのだ。国際的な麻薬組織は、警察の追跡を恐れて仮想通貨での取引を行うのが主流だ。
ブラックサテバもそれに習って仮想通貨で決済をしているらしい。
(一度発行させてしまえば取り戻しようが無いからな……)
コレならば最後にごっそりと頂けそうだ。ディミトリはニヤリと笑った。
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