第100話 本能に従う者たち

私立ハーウェイ学園。


 守居たちのグループ構成員である土田は、今日も喜んで守居たちの使い走りをやらされていた。

 土田は購買部で買ったお菓子の袋を持って図書準備室に急いでいた。階段を登ろうとして、ふと廊下に視線を向けた。

 その時に物陰から自分を見ていた女に気が付いたのだ。制服からして同じ学校の生徒であろう。


「ん?」


 土田が視線を向けると慌てたように目を逸らした。


「何だアイツ……」


 彼女の行動を怪しんだ土田は、スマートフォンをそっと出して自分の脇越しに背後を撮影した。

 ピンボケやブレたりなど何度か失敗した後に成功した。土田は不器用であるらしい。


 だが、土田は図書準備室に向かう階段を上がっている最中に女を見失ってしまった。

 所詮は素人なのでしょうがないであろう。そのまま図書準備室に向かった。


「なあ、見張られている気がするんだが……」


 部屋に入ってきた土田が先程の女のことを皆に報告した。そして、スマートフォンに写った女の子の画像を皆に見せた。


「誰?」

「知らない」


 守居と荒井が画面を覗き込みながら言い合った。


「ああ、一年生の子でしょ?」


 それを見たムツミが事も無げに答えた。

 彼女は監視されている事に、とっくに気が付いていたようだ。


「え?」

「え?」

「え?」


 男たち三人は呆けたように返事をした。気が付いていなかったようだ。


「えーーー! 気が付かなかったの?」


 その表情を見たムツミはクスクスと笑っていた。彼らの間抜けな表情が可笑しかったのだ。


「ああ……」

「何で黙っているんだよ!」

「ちぇっ……」


 三人とも口々に抗議した。どちらかというと笑われた方が頭に来ているらしい。

 きっと、なけなしのプライドを刺激されたのであろう。


「いやいや、みんな知っていて泳がせているのかと……」


 ムツミは余り刺激しすぎないように話を修正しはじめた。彼女は男を手玉に取るのが上手なようだ。


「毎日毎日、敵意全開で私達を睨みつけてきてるわ」


 そう言って、再びクスクスと笑っていた。ムツミは度胸が座っているのか睨まれた程度では怯まないようだ。


 同時刻。屋上に通じる階段昇降口の上。

 ディミトリが寝転がりながら監視カメラで彼らの会話を監視していた。


「……」


 昇降口の上は、ディミトリのお気に入りの場所になりつつ有るらしい。日当たりが良いのだ。前世は猫だったに違いない。


(あららら、あの女の存在に気が付いているのか……)


 ディミトリには女性というのは自分の敵を嗅ぎ分ける能力がとても高いように思えた。やはり、女性というのは色々と勘が鋭いのだろう。

 女の敵は女なんだなとディミトリは関心してしまった。


「一年生の加藤理子って子だよ」


 ムツミが爪の手入れをしながら答えた。彼女は暇さえあれば身だしなみのチェックに余念が無いのだ。


(加藤理子と言うのか……)


 ディミトリは感の鋭いカラオケ店員の名前を知ることが出来た。顔は知っている。後はクラスを調べれば良いだけだ。そして、背後関係の調査を剣崎に頼めば良い。もし、調査に支障が出るようなら剣崎に厄介事は押し付けようとディミトリは考えた。


(それにしても迂闊な女だな……)


 ディミトリは土田に尾行がバレるような事をしているのに呆れてしまっていた。

 だが、彼女は連中に気付かれずに監視用のスマートフォンを仕掛けたり出来る。今回の行動に疑問が残ってしまう。


(それともバレるのを狙って土田を付けたのか……)


 その辺は彼女の背後関係が分からないと考えようが無かった。


「ほぉ……」


 守居はムツミが名前までしっている事に関心したようだ。


「本当は二年生になっている歳だけど、ダブったんで転校してきたみたい」

(二年生なら16か17歳か……)


 年齢の割に落ち着いて見えたのはそのせいかも知れない。


「詳しいね」

「一年生の後輩に聞いたんだわ」

「どうする?」

「まあ、対処のやりようはあるさ」

「でも、警察の手先だと面倒ですよ?」


 このグループ一番の小心者、土田が不安げに守居に尋ねた。


「俺たちにはヴィルダールが付いている。 大丈夫」


 そう言って守居は笑った。口元を抑えているのかくぐもって聞こえる。


(Virdal(ヴィルダール)…… インドの古代語で守護者って意味だな)


 傭兵の時、インド人の同僚が言っていたのを思い出した。自分にはヴィルダールが付いているから平気だと言って、地雷で吹き飛んでしまった。


(まあ、恐らく親のコネの事だろな)


 違法な取引をしているのに、地廻りのヤクザが手を出してこないのは親の威光に他ならない。彼らも権力を持った暴力組織が一番厄介なのは知っている。


 それに、守居たちが自分たちで何かをなし得て居るわけでは無い。他人の努力に乗っかって何かした気になってるだけだ。そんな奴など怖くも何とも無いものだ。

 これはネットで正義を振り回している連中にも言えることだ。


「俺たちでガラをさらって来ようか?」


 荒井が言い出した。相手が女子高生と聞いて色めきだったようだ。土田もニヤついている。

 この二人は相当好き者なのだろう。都心のクラブに出入りしては女漁りをしているらしい。その際に薬を使用している節があるとも報告書に書かれていた。

 高校生がクラブに出入り出来るのもどうかと思うが、ホイホイ付いてくる女の子が居るのも驚きだった。


(俺も人の事は言えないが、今はそれどころじゃないからなあ)


 ある意味、悩みの無さそうな二人が羨ましくもあった。

 ディミトリの高校時代は空腹や悪ガキとの闘いの毎日だった。女の子の尻を追いかけ廻す暇が無かったのだ。


(あの馬鹿共は女に薬。 俺は金か……)


 皆、本能に従って生きているようだった。


(どっちもどっちか……)


 ディミトリはそんな事を考えてニヤリとしながら、タブレットで荒井の経歴を再び表示させた。

 子供の頃から剣道・柔道・空手に通っていると書かれている。警察勤務の両親の影響であろう。

 しかし、中学時代に虐めを主導して発覚し、より厳格な祖父の家に預けられたりしていた。


「うん……」


 悪戯ばかりする悪ガキを鍛え直す目的なのだろう。しかし、仕上がり具合は現状の通りだ。

 相変わらずクズな事ばかりを行っている。


(武道で鍛え直そうとしても、根本的にクズだったので修正が効かなかったんだな……)


 ディミトリはそんな事を呟きながら含み笑いをしていた。彼はこの手のクズが好きなのだ。

 それは、引き金を躊躇すること無く引けるからに他ならない。


「取引が近いから止めて置け……」


 だが、荒井たちの企みを守居が止めた。

 彼はムツミという女がいるので、女の子をどうこうする話には関心が無いようだ。リア充の余裕と言う奴であろう。


(取引が近い…… 連絡が有ったと言う事か)


 ムツミのパソコンを手に入れて、ハッキングする必要が出てきた。もちろん、取引場所を特定して証拠を押さえる為である。

 その時に、コッソリと売上金を頂いてしまう算段だ。


(どうやるか……)


 ディミトリが考え事をしようとすると守居が意外な事を言い出し始めた。


「そういう荒事はケツモチにやらせれば良いんだよ」

(ケツモチってワンの事だろうな……)


 守居からすれば後処理を考えるのが面倒だったのだろう。人をさらって話を聞き出しても、後始末をしなければならない。悪事に手を染めてるとは言え、人を殺るのには躊躇いがあるらしいとディミトリは思った。


「何を考えているか分からんが、話を聞き出してから薬漬けにして売っぱらってしまえば良いのさ……」

「そういうクールな所が好き!」


 そう言ってムツミは守居の首に、自分の腕を絡ませてキスをしていた。


(やれやれ……)


 その様子を見ていたディミトリは呆れていた。彼からすれば誰もが羨む青春を送っているのに、自らドブの中に足を踏み入れる彼らのことが良く分からないからだ。


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