第98話 彼女の裏事情

カラオケ店。


 守居たちは小一時間程カラオケを楽しんで帰っていった。

 そのカラオケルームを加藤理子は片付けに来ていた。部屋の中を一通り掃除し終わると、モニターの後ろに隠しておいた携帯電話を取り出した。

 彼女は守居たちがこの部屋を利用するように予め手配しておいたのだ。もちろん、彼らの会話の内容を録画するためだ。


 リコは部屋の掃除を終えると小休止すると同僚に言ってトイレの個室に閉じ籠もる。一刻も早く、彼らの会話を確認したかったのだ。


「…………」


 リコは守居たちの会話を注意深く聞いていた。


「やっぱり……」


 会話の内容を聞いていたリコの顔が歪んでいく。彼女が探していた相手だったらしい。

 特にナンパした女の子の下りで眉毛が少しだけ上がった。彼女の琴線に触れたのであろう。


「やっと…… 見つけた……」


 加藤理子(かとうりこ)十六歳。ハーウェイ学園高等部一年。年齢的に本来なら二年生なのだが、一年生をやっているのには訳がある。

 事故で半年ほど植物状態だったのだ。それで前に居た高校を留年してしまい、親が気分を変えた方が良いとハーウェイ学園に転校させたのだった。


 事故の時。彼女は友人の中川真理紗(なかがわまりさ)と池袋の街でウィンドウショッピングしていた。勉強の合間のちょっとした息抜きだ。

 その時にリコたちはちょっとチャラそうな若者に誘われて、プライベートなパーテイーに行ってしまったのだった。


 ちょっとした気の緩みと年頃の女子特有の好奇心が勝ってしまったようだ。

 連れて行かれた会場は大音量の音楽が流れ、心臓が波打つような低音に満たされていた。薄暗い照明の中で色とりどりのスポットライトが飛び交う。そこには老若男女問わずに音楽に合わせて踊っていた。

 リコたちは会場の雰囲気に飲まれ、謎の飲み物を飲まされた。そこからの記憶は無い。人事不省になったようなのだ。

 気がついたら病院のベッドに目覚めた。


 発見された場所はラブホテル。友人は遺体で発見された。脱法薬の拒否反応を起こしてしまい死んでしまったようだ。一緒に居た男たちはさっさと逃げてしまったらしい。


 リコは命は取り留めたが、一度脳波が停止したらしく長く昏睡状態になってしまったらしい。目が覚めた時には看護師たちが一様に驚きの表情を浮かべていた。

 リコの場合も薬の副作用だったらしい。


 警察からはそう聞いた。逃げた男たちの事を聞いたが警察は教えてくれなかった。

 事情を警察に説明するも犯人は分からなかった。と言うより積極的に捜査をしなかった印象があったのだ。


 退院後、真理沙の家に行ってみたが『オマエのせいだ!』と罵られて追い返されてしまった。

 それはそうだろう。自分の娘は死んだのに友人だけが助かるのは受け入れられないものだ。


 死んだ真理沙は獣医学部に進んで動物のお医者さんになりたいと夢を語っていた。

 後で真理沙の家族は犯人側と手打ちをしたらしいとの噂を聞いた。どんなに悔しくても金の魅力には勝てないらしい。


(どこにも味方が居ない……)


 友人の仇を取りたいリコで自分だけで犯人を探し始めた。

 自分の持つ知識と技術だけが頼りだ。会場の借り主から犯人と思われる男たちの映像を手に入れたが、男たちの素性が分からなかった。次に薬を売りさばいた売人を探し始めた。


 売人は直ぐに分かった。防犯カメラに残っていたのだ。犯人たちに何やら手渡ししている人物がそうだった。

 薬の売人を追いかけると大陸系の売人である事は分かったが、ある日を境に見かけなくなった。帰国したか死んだかだ。


 売人の線が消えてしまい意気消沈していると、ある事に気が付いた。売人宛のメールの存在だ。

 売人の携帯電話はハッキング済みだ。満員電車で隣り合った時に、スリ取り盗聴アプリを仕掛けて戻す。自分でも驚きだったがすんなりと実行できてしまった。


 売人を見かけなくなっても、薬の売買の持ちかけや女の子の紹介などが寄せられていた。それに返事をしている気配は無い。

 すると、売人に送られたメールの一つがここの学校関係者が関与していると分かり内偵していたのだ。

 そのメールを送ったのは小木。彼はSNSでナンパを繰り返すクズ教師だったのだ。普段、SNSで使うアドレスを売人に送るというミスをしたらしい。事情は分からないが手掛かりが出来た。


(次の手はどうしよう……)


 ちょっと、次にどうすべきかを思いつかずふさぎ込んでいると、友人の死を乗り越えられないと思い違いをした両親が転校を勧めた。そこで、彼女は小木が勤めるハーウェイ学園を選んだのだ。


 学校に来て内部の事情を密かに探り回っていると、小木は守居たちの使い走りである気が付いた。リコは守居たちを次のターゲットとしてマークしていたのだ。


「友人の無念は必ず晴らしてみせる……」


 彼らの会話を聞きながらリコの顔は暗く重くなっていく。特に正義のくだり辺りでギリリと奥歯を噛んでいた。

 彼女が握る携帯電話のモニターには、愉快そうに笑っている守居たちが写っていた。


「楽に死ねると思うなよ……」


 リコの目はモニターを冷たく睨みつけていた。しかし、瞳の奥には揺るぎない決意を光らせている。それは捕食動物が獲物を見つけた眼つきなのだ。



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