第97話 ブラックサテバ

カラオケ店大部屋。


 守居は仲間を引き連れてカラオケ店に来ていた。殿岡睦美・荒井陸王・土田純一の三人と科学教師の小木智昭(おぎともあき)が居た。

 彼らは思い思いの席に座り携帯電話をいじったり、カラオケ店のメニューを眺めたりしていた。


「……」


 その様子を監視カメラをハッキングしたディミトリは、屋上で自分のスマートフォンに転送させて見ていた。両耳にイヤホンをしているので、パット見には音楽か動画を楽しんでる学生にしか見えないはずだ。

 耳にイヤホンをしているのは室内の音声を聞くためだ。普通、監視カメラには音声は付加されないものだが、室内で宜しくない行為にふけるカップル対策で音声付きのようだ。もっとも音質はさほど良くは無い。


「それではブラックサテバの会合を始めまぁーす」


 守居が声を掛けた。

 ブラックサテバは彼らのグループ名だ。大麻草(学術名:カンナビス・サティバ)をもじって使用しているのであろう。

 センスが良ろしくないのは守居が付けたに違いない。


「ムツミ。 荷物を受け取ったからリーさんに送金をしておいてくれ」


 守居はカラオケのリクエストパネルを操作しながら殿岡睦美に言った。どうやら金の出し入れは彼女が担っているらしい。

 複数の人間が金銭の出し入れをするとトラブルの元になる。それで彼女が扱うことに成っているのだろう。


「でも、荷物は警察に横取りされちゃったんでしょ?」


 横取りされたのでは無く、受け渡し用に使う廃墟で田口兄が拾ったのだ。その鞄をコインロッカーに放り込んで警察に通報しただけだ。もちろん関わり合いになるのを避けるためだ。


「それはコチラのミスだ。 荷物を受け取ったんだから金を送らないと駄目だ」


 廃墟での受け渡しを考案した土田をちらりと見てから言った。

 不確かな方法なので少し不安はあった。だが、警察がコインロッカー近辺の見周りを強化しているので、他の方法を模索してみたのだ。これは振り込め詐欺犯がコインロッカーでの受け渡しを頻繁に行うので警戒されていた為だった。


(これまで通りのコインロッカーでの受け渡しにするべきだったかな……)


 守居は少し後悔していた。しかし、最終的に決めたのは自分なので土田を責めることが出来なかった。

 他人が踏んだドジの後始末が嫌だったのかも知れない。


「それに送金をしないとリーさんが俺たちを探しにやってきてしまうよ」


 守居がムツミの疑問に答えた。


「確かにね」


 ムツミはクスリと笑って返事をした。

 そして、鞄からノートパソコンらしきものを出した。十インチ程度の小型のものだ。

 彼女は物理認証用のドングルをUSBに差し込んでから起動した。そして、口座番号と暗証番号を素早く打ち込んでいった。


「じゃあ、送金しておくね……」


 ディミトリが見ている監視画面には、ムツミがパソコンの画面を操作しているのが映されている。送金のための操作であることは間違いない。画質が良くは無いので詳細には分からないが指の位置の関係から推測は出来そうだ。


(何だ? 慎重な割には間抜けな連中だな)


 ディミトリはパスワードの入力も見て思わずニヤリとした。入力後に金額らしきものを入力していたからだ。

 こういった取引では、生体認証や携帯へのSNS認証などを行うものだが一切やっていなかったのだ。

 きっと、ノートパソコンのハードウェア認証とドングルの物理認証で済ませているのだろう。通信を行うパソコンなどには一台毎にユニークな番号が割り当てられている。それを認証の一つとして扱うことが出来るのだ。

 だが、絶対に安全な方法ではないので、他にも認証させる手段を用意するものだった。


(これで売上は丸ごと頂きだな……)


 口座番号とパスワードが手に入ったも同然。後は彼女が手にしているパソコンが手に入れば良いだけだ。


(少しくらい余録に預かっても良いだろ?)


 小遣いが手に入る手段が見つかって、ディミトリはニヤついていた。


「ついでに次の荷物の受け渡し日時を訪ねてくれ」


 守居がパソコンを操作するムツミに言った。


「分かった……」


 ムツミが返事をして再びパソコンに何かを打ち込んだ。


(よしっ!)


 割合と早く取引が行われるようなのでディミトリは喜んだ。このまま半年とか見張りをしなければいけないのかと悩んでいたのだ。方法と物証を抑えて報告すればそれでお役御免になるのだ。

 剣崎の話では瀬取りで品物を受け取っているらしいのだが、中々しっぽを掴ませないと言っていた。

 瀬取りとは麻薬や銃器など違法な品物を、船などを使って沖合で受け渡しする方法のことだ。近年は海上保安庁などが、取締を強化しているので減ってはいるらしい。


「それで受取先の間抜けどもはなんて言ってきてる?」


 守居は小木に尋ねた。荒っぽい連中相手は大人の小木が担当なのだろう。


(間抜けどもって……)


 これはきっとワンの事だろう。悪ぶった世間知らずの坊っちゃん連中に、間抜け呼ばわりされるのも結構哀れだなとディミトリは思った。


「悪いのは自分たちじゃなくて鞄を盗んだ奴だと言ってますね」


 確かに廃墟に金属ドロをしに行くのも論外だし、正体不明の物を拾うなんて持っての他だ。でも、何故かやってはイケナイ事をする連中もいるのだ。例えば田口兄だ。


 もっとも、そんな所を大事なブツの受け渡しに使う方がどうかしているとディミトリは思った。


「盗んだのはお前たちの仲間じゃないのかとカマを掛けてみれば?」

「いや、それはやってみたけど、盗んだ奴のバックに恐いのが付いていて手出し出来なかったそうだ」

「何だ、情けないな…… 大陸系の犯罪組織って恐いもの無しじゃなかったのかよ」


 守居はそう言って鼻で笑った。


(盗んだ奴の恐いバックって俺の事かあ?)


 その通り。


「それに向こうは、此方に警察のコネクションが在る事を知っているフシがあるから、追求は止めて置いたほうが良いよ」

「うん、そうじゃないと大人しく取引に応じている理由が無いからね」

「なる程……」

「まあ、中には上手く行かないことも偶にはあるさ」

「そうだね……」


 そう言って笑い合っていた。

 彼らは麻薬取引をゲーム感覚で行っているらしい。中々の強者たちだ。


「それに事を急いで警察にバレたら色々と不味いからな」

「ああ、また小遣いを減らされてしまう……」

「親に握りつぶして貰うのも手間が掛かるからね」


 そう言って笑い合っていた。彼らの親は警察の幹部だったり大企業の幹部だったりする。親は自分の面子のために子供の素行不良には目を瞑っているらしいのだ。


「ああ、あの死んだ女の子とか?」

「ははは、薬物中毒で死ぬとは思わなかったよ」

「まあ、金で解決できたから良いじゃねぇか」


 荒井と土田は自分たちの商品を使って、ナンパした女の子たちとのキメ○ックスを楽しんだりしていた。薬物を使用しての性行為での高揚感は、一度覚えると普通のモノでは満足できなくなってしまう。そういう娘は薬欲しさに顧客になってくれるのだ。

 もちろん、中には薬物が身体に合わない人間もいる。

 その時の女の子は心肺停止してしまったようだ。薬は女の子が所持していた事にした。相手は死んでいるのでどうにでも話は作れたようだ。


「ふふふ、正義もヘッタクレも無いな……」

「正義?」

「権力者の都合でどうにでも出来るもんだろ?」

「そうだな……」


 そう言って笑い合っていた。

 守居たちは自信が過剰だ。思春期特有の万能感が半端ないようなのだ。

 だが、所詮は親の力であり自分たち自身が成し得たものではない。それを守居たちは理解できない。


(ふ…… 他愛も無い連中だ……)


 彼らの他愛ない悪巧みや悪事の独白にディミトリはニヤニヤしながら画面を見ていた。

 子供の悪戯のようなやり口に少し笑っていたのだ。



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