第96話 店員の困惑
カラオケ店。
ディミトリが見かけたはカラオケ店の店員は加藤理子(かとうりこ)という名前だ。
高校生の彼女は自分のお小遣いと携帯代金を稼ぎ出す為、学校帰りに此処でアルバイトをしていた。
アルバイトと言っても受付だけやっていれば良いと言うものではない。使用された部屋の掃除や料理の配膳など仕事は雑多にある。しかも、人手不足もあって目の回るような忙しさだ。
このカラオケ店は郊外型の為か、昼間は主婦グループや学生、夜は家族連れや友人同士での利用が多い。
大概の利用客はマナー良く利用するが、中にはカラオケルームで悪さする奴も当然居る。
室内テーブル備え付けの紙を丸ごと浪費したり、砂糖壺の中に塩を混ぜたり、醤油とソースの蓋を付け替えるなどの悪戯だ。
そういう行為を毎回毎回普通にやる客もいる。本人は面白いつもりでやっているのだから始末が悪い。
リコはそういう客に注意した事がある。相手は驚いた顔していた。なぜ注意さられるのか理解できなかったらしい。
金を払っているのだから何をしても良いと思い込んでいるのだ。
中にはラブホテル代わりに利用するカップルも居たりする。そう云うルームは独特の匂いが籠もってしまうので、暫く他の客を案内出来ないので困りものだった。
下手に注意をすると彼氏が逆ギレしてもっと厄介なことになってしまう。
そういった迷惑を掛ける連中は、善悪の基準がどこかでずれてしまっているのだ。自分がされると嫌だが人にするのは何とも思わないのだ。想像力が乏しいのであろう。
『あの手の連中はどっかおかしいんだよ』
『理解しようと思わない方がいい』
『コチラが謝る羽目になるから見て見ぬ振りが正解だ』
同じバイト仲間は口々に言い合ったりしていた。
下手に正義感を発揮しても、誰かに褒められるわけではないので無視するのが正解だと言うのだ。
(そう云うモノなのか……)
リコは理不尽さを感じながら曖昧に頷くだけだった。彼女としては白黒はっきりしない状態が気持ち悪いとは思っていた。
そして、今日も受付で何気なしに監視カメラを見ていたら廊下を彷徨く少年を発見した。
(こんな男の子を通したっけ?)
リコは午後から学校をサボってカラオケ店のバイトに来ていた。先月、通信費を使いすぎて小遣いが窮地に立たされているのだ。他のバイトが受付番だった時に通す可能性もあるが、今はルームの掃除と補充に回っていた。だから、受付に居たのは自分だけのはずだった。
(何かのはずみで入り込んでしまったのかしら……)
普段なら利用客がトイレに行こうとしていると解釈するのだが今日は違った。少年の行動に違和感を覚えたのだ。
何がと言われてもリコ自身には分からない。そう感じたのだ。リコは感が鋭い女なのだ。
(ちょっと、注意しに行こうか……)
リコは少年の居た二階の廊下へと向かった。
(あれ? 居ない……)
廊下は無人で件の少年は居なかった。
(んーーー?)
廊下は受付に向かう階段しか通路が無い。少年が一階に向かったのなら自分とすれ違うはずだ。
念の為に廊下の奥にある非常階段の扉を確かめると施錠されていた。つまり、彼はこの階に居るはずだった。
(どっかの部屋に入ったのかな?)
二階のルームは、まだ利用客が居ないはずだ。自分が受付しているので利用状況は分かっているのだ。
と、いうか勝手にルームを使われると困ってしまう。掃除の手間が増えてしまうのだ。
(ちょっと……)
廊下に居なければトイレかも知れないとそ~っと覗いてみた。しかし、個室も含めて誰もいない。
「!」
誰かが自分の後ろを通った気がした。リコは急いで振り返ってみた。しかし、無人だった。
(誰か居る気配がする……)
リコは各部屋を見て回ったが無人であった。
(あの男の子も居ないし、どうなってるの?)
しょうがないので非常口を通って一階に戻った。階段の所まで戻るのが面倒だったのだ。
非常口の鍵は全部の従業員が持たされているので通り抜けるのは簡単だ。
一階に降りて受付に行こうとすると人の気配がした。誰かに見られている気がしたのだ。
慌てて周りを見渡したが誰も居ない。
(隠れている?)
居ないのでは無く、コチラの視線から隠れているとリコは確信した。
あの少年は泥棒かも知れないと考えたリコは慎重に部屋を見て回った。
一階の少人数用のルームは何個かは利用されている。小窓から覗いて回ったが少年は居なかった。
従業員用のロッカールームの扉が動いたような気がした。普段なら気にも止めない事だ。
(ここを見て居なかったら皆を呼ぼうか……)
本来なら不審を感じた時に男の従業員を呼ぶべきだ。だが、リコはそこまで気が回らなかった。
彼女はロッカールームに一人で入っていった。
(コソドロ相手なら不覚は取らないと思うけど……)
彼女は格闘戦に自信がある。普通の女性なら怯えてしまうような状況なのに平然としている理由だ。
(気配がする……)
何の飾り付けもしてない殺風景なロッカールームはシンとした空間だ。だが、彼女は誰かが居る気配を感じ取っていた。
(ロッカーに隠れているか、或いは……)
自分ならロッカーの上に寝そべって相手をやり過ごすなと考えた。
衣擦れの音一つ聞き逃すまいと慎重にロッカールーム内を歩く。そして、ロッカーを一つづつ開けていった。
こうすることで相手が飛び出してくるかも知れないと考えたのだ。
(やはり、ロッカーの中には居ないみたいね……)
そして、次のロッカーを開けようとした時に嫌な感じがした。ピリピリとざわつく感じだ。
(これは…… 殺気?)
女性特有の男から感じ取る嫌な感じとは違うものだ。それで殺気だと思ったのかも知れない。
それは正解だった。中では、非常に凶暴な少年が身構えていたのだ。
(ひょっとして…… ヤバイ?)
リコの本能が開けるな囁いている。
「……」
だが、開けようと扉の取っ手に手を掛けた瞬間に、ロッカールームの奥で何やら音が鳴り始めた。
リコは音のする方に向かった。正直、あのロッカーを開けない理由が出来て助かった気分だ。
ならば、開けなければ良いというのが世間の感覚だ。だが、疑問に思うことはとことん突き止めないと気が済まない、損な性格を彼女はしてた。
リコが向かった先には、ロッカーの扉にぶら下がった携帯が鳴っていた。
「?」
何故、こんな所に携帯がぶら下がっているのか彼女は訝しんだ。少年の忘れ物かも知れないと考えたが、それなら何故この部屋に入ったのかが分からなくなる。
(ロッカー荒らしなら何も残さないよね……)
彼女は疑問に包まれてしまった。
(他のバイト仲間が忘れていったのかも知れないな……)
そう考えたリコはポケットに携帯をしまい込んだ。後で従業員休憩室に行って皆に尋ねるためだ。
「!」
何かの気配を察知した彼女は振り返った。しかし、そこには静まり返ったロッカーが並んでいるだけだった。
「ふぅ……」
彼女はため息を一つ付いて、先程確かめようとしていたロッカーの扉を開けた。
中には何も無かった。そして、威圧するかのように漂っていた殺気も消えていた。
(やはり、気の所為だったのかな……)
彼女は気を取り直して仕事に戻ることにした。やるべき仕事が山のように残っているからだ。
きっと、少年を見かけたのは幻だったと言い聞かせることにしたのだ。何か物が無くなったり壊されたりはしていないようなので、そうする事にした。
(それに……)
自分の腕時計を見たリコの表情が険しくなった。
(今日はアイツラが来る……)
彼女も守居たちのグループが来るのを、待ち構えている一人であった。
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