第94話 靴箱の手紙

学校の屋上。


 ディミトリはチャイムで目が覚めた。生徒たちの嬌声が屋上にまで聞こえている。

 昼休みになったのだ。


「昼か……」


 寝っ転がって空を見てる内に本気で寝てしまったらしい。体の節々が少し痛みを訴えてきた。コンクリートの床は少々硬かったようだ。


(授業に出るのを忘れていたな……)


 ディミトリは痛みを和らげるために身体を伸ばしてみた。ため息を吐いて空を見上げると、雲が足早に過ぎ去ろうとしている。


(まあ、いいか……)


 どうせ、授業など真面目に聞くつもりなど無かったので、このままさぼってしまおうと考えたらしい。


(ついでだから、此処で連中の監視を続けるか……)


 そのまま監視カメラの映像を確認する事にした。

 ポケットから自分のスマートフォンを取り出し監視カメラと接続。映像を受信しはじめた。


(うん、画像はまあまあイケるな……)


 寝っ転がったまま、監視出来るのは物臭なディミトリには丁度良かった。


(まだ、集まっていないのか……)


 しばらくすると四人が入ってきた。昼食が終わったらしい。

 思い思いにソファに座ると雑談を始めていた。


「そう言えば例の盗まれた鞄がロッカーに遺棄されてたらしい……」

「親父さんから聞いたの?」

「ああ、中身もバレるのは時間の問題だろう」

「足は付かないから大丈夫」


 そんな、四人の会話が聞こえてきた。


(盗まれた鞄…… ロッカー……)


 何だか聞いたことの有るキーワードだ。


「また、ブツを仕入れるのは良いとして、受け渡しの方法に廃墟を使うのは今後は無しだな」

「人目につかないから良い方法だと考えたんだけどなあ」

「動画サイトで廃墟探検が流行ってるから無理だろ……」

「そうなのか……」


 廃墟に隠されていた鞄。ここまで聞いて鞄が何なのか理解できた。田口兄が見つけた鞄の事だ。


(やはり、あの鞄はコイツラのだったのか……)


 ディミトリはニヤリとした。

 後は鞄の中身が彼らの物だと証明できれば良いだけだ。


 受け渡し云々を言うところを見ると、方法を考えているのも彼らなのだろう。

 次にどういう方法でやるのかが分かれば、横取りが出来るかもしれない。

 そして、ディミトリが一番興味があるのは資金の流れだ。

 想像では仮想通貨を巧みに利用していると踏んでいる。そうであれば裏をかいて頂くことが出来る。


「今日は仕事の日だろ?」

「そうだな」

「此処で仕事の話は止めなよ……」


 どうやら彼らにも何かのルールが有るらしい。学校で闇の商売の話はしないとでも決めているのかも知れない。

 確かに学校には色々な人物がいるし、口の軽いやつも居る。それに誰に聞かれても不味い内容の仕事だ。現にディミトリが監視カメラを仕掛けているぐらいだ。


(中々に用心深いね……)


 警察官の子供ならではの慎重さなのだろディミトリは感心していた。


「じゃあ、放課後にゲームセンターにでも行こうぜ」

「それが良いわね」

「そうすっか」

「了解っす」


 放課後にゲームセンターに行くようだ。場所はカラオケなどが併設されている複合施設の店だろう。


(この辺ならデカントマートの隣の奴かな……)


 複合施設は『ラウンドニャン』と言った名前だ。都内と言っても郊外であるので遊び場所は限定されてしまっている。

 ディミトリも何度か行ったことの店だ。


(きっと、カラオケ店で仕事の話をするんだろうな……)


 人の目を気にする事が無く、言い訳程度の店の監視カメラなど無視出来る。

 密談するにはもってこいの場所だ。


(何とかして、自前の監視カメラを仕込めないかな……)


 カメラの仕込みは無理でも、店の監視カメラの映像ならハッキング出来るかも知れない。あの手の店はケーブルを無警戒で這わせているし、映像を暗号化してないので楽勝かもしれないのだ。


(一度、現地に行く必要があるな……)


 ディミトリは午後の授業を早めにサボってゲームセンターに行くことにした。



 その頃。

 ディミトリに撫でられて、鼻血を出した田端は顔を真っ赤にして怒っていた。余程悔しかったのだろう。鼻に詰めたテッシュが飛び出しそうになっている。その、田端の隣には田端の腰巾着の犬飼が居た。

 土田は堀井たちのご機嫌伺いで居なかった。


「あの生意気な転校生のクソ野郎……」

「ぶっ殺してやりましょうよ!」


 相手が目の前に居ないと威勢が良いのは不良の共通項だ。直ぐにぶっ殺すと喚き立てる。


「ああ、でも強かったよな」

「ボクシングか何かを習ってるんじゃないっすか?」

「……」


 此処で二人は黙ってしまった。マトモに相手してはやられてしまうと直感が告げているのだ。危険を察知する本能は正しく働いている。


「袋を被せてバットでタコ殴りってのはどうよ?」

「それ、良いな」


 犬飼が教室の隅にあったテニスボールが詰まった袋を指差していた。入り口の大きさが六十センチくらい。大人なら上半身がすっぽりと入るぐらいの大きさだ。


「よし、女を装って呼び出してフクロにしようぜ!」


 バットは流石に不味いので、転がっている木の枝でぶん殴ろうと話し合った。


「それで行くか……」

「アイツのアドレス知ってるか?」

「知らない……」

「……」


 結局、彼らは女の子向け封筒に、呼び出しの内容を書いてディミトリの靴箱に手紙を入れた。

 こうすれば告白の為に呼び出されたと誤解すると思ったのだ。大概の者なら引っ掛かるだろう。

 だが、彼らはディミトリを良く知らなかった。彼は高校生程度の子供には興味が無い。ワガママボディの金髪ねぇちゃんが好物なのだ。


「……」


 ディミトリが靴箱を見ると、ハートのマークが書かれた手紙が入っていた。中々、オーソドックスな方法だ。

 だが、手紙に気が付いたディミトリは、そのまま適当な下駄箱に手紙を放り込んだ。関心が無かったのだ。

 何より彼には急いで帰宅しなければ成らなかったからだ。そのまま無視して行ってしまった。


 不幸だったのは手紙を入れられた奴だった。

 いつもの放課後に帰宅しようと靴箱に手を入れようとすると靴の上に乗る手紙。


(うあああぁぁぁーーー、ハートのまぁぁぁくぅぅぅぅぅん!)


 人生初の女の子からの呼び出しと思い込んでしまう。そして、浮足立ったまま呼び出された場所に向かった。

 しかし、行ってみたらいきなり袋を被せられてタコ殴りされてしまった。彼は訳も分からずに頭を庇って丸くなるしか無かった。


「おらぁーーーーーっ!」

「舐めてんじゃねぇぞっ!」


 田端と犬飼の二人は、何やら喚きながら袋を被せた相手を木の棒で殴りつけていた。

 そして、丸くなったまま反撃をしてこないので、二人は攻撃の手を止めた。犬飼は大人しくなった相手の袋を剥がした。


「何だ…… おまえ?」


 タコ殴りにした相手を見た田端の最初の一言だ。同じクラスの奴だった。友人という訳ではないが挨拶ぐらいはする。


「……」


 田端と犬飼は驚愕して固まってしまった。

 てっきり、あの生意気な転校生だとばかり思っていたのだ。


「そ、そっちこそ何だよ……」


 殴られた方は涙声で抗議していた。鼻血がポタポタ垂れたまま呆けている。自分が置かれている状況が理解出来なかったからだ。

 まあ、誰でもそうなるであろう。


「何で此処にいるんだ?」

「呼び出されたからだよ」

「え?」

「え?」

「……」


 三人で騒いでいると通りがかりの教師に見つかってしまった。木の棒を持った二人と顔面血だらけの生徒。何も聞かなくとも何があったのかは推測が出来てしまう。殴られた方は保健室に連れて行かれ、棒を持った二人は職員室に連れて行かれた。

 二人とも若森ことディミトリと勘違いしたと告げたが、じゃあ木の棒で殴ったのはどうしてだと聞かれて黙ってしまった。言い訳しようが無かったのだ。


 後日、田端と犬飼の二人は停学処分になってしまった。


 もちろん、ディミトリは事の顛末を知らない。


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