第93話 ゴリ子の笛
私立ハーウェイ学園。
引っ越しの荷物を受け取るので登校が遅れると学校には連絡を入れておいた。もちろん嘘だ。今日は監視を行うための工作を色々と仕掛けることにしていたのだ。
学校に遅れて到着したディミトリは教室には向かわずに無人の廊下を歩いていく。
仕掛ける場所は溜り場になっていると思われる図書準備室。そこに天井に設置されている煙感知センサーのカバーに偽装した奴だ。センサーには電池が内蔵されているので、それも有難く利用させて頂く。
中に入ると当然無人で、L字型に置かれたソファと長机が有るだけの殺風景の部屋だった。
壁には本棚が置かれているが、長い事利用していないらしく埃が溜まっていた。
(こういう部屋って古くなった本が積まれているイメージだったけど……)
恐らく利用している寄居たちが捨てたのであろう。
部屋の隅にあった椅子を利用して天井にある煙感知センサーのカバーを外した。そこに監視カメラを設置して元に戻した。
椅子を片付けてから部屋を後にする。これで準備が出来た。
今回は会話の内容も知りたいので、スマートフォンを改造した物を使用した。
改造と言ってもタッチパネルを外してカメラとマイクのみを使用出来るように改造しただけだ。基盤が剥き出しになっているので、パッと見は煙感知センサーの部品に見えると思われる。
操作は着信させた後にリモートで行う。テストした段階では上手くいっていた。
そのまま休憩時間になるまで待機して、何気なく自分の教室へと入っていった。初日にオタク趣味を強調してみせたディミトリを気にするクラスメートは一人もいない。
(誰の関心も引き付けないようにするのも苦労するぜ……)
後は対象の連中が集まるのを待つだけだ。監視は屋上かどこか静かな場所でやればいい。
(取り敢えずは行動範囲を調べないとな……)
授業中は殆ど上の空だった。中身が三五歳と言っても高校の授業を聞いたのは遥か昔だ。中身のことなどすっかり忘れている。
今後の手順など考えることが山積みだからだ。
(それしても、直ぐに忘れるような事を何年も勉強させられるのは溜まったもんじゃないな……)
そんな感想を思い浮かべていると休憩時間になってしまっていた。
(トイレにでも行くか……)
トイレに行くとイジメの現場に出くわした。三人で一人を囲んで笛を舐めさそうとしている所だった。
ちょっと後ろに下がって一人でニヤついてるのが居る。土田だ。リストに載せられている一人だ。
性格は傲岸不遜。相手の隙を見つけるのが巧く、立場が弱い者には滅法強気に出るタイプだ。
「ゴリ子の笛だ」
「有難く舐め回せ」
「早くやれよ」
そう言ってはやし立てている。ゴリ子というのは学級委員長の渾名だ。体格が良いのでゴリ子と名付けられたらしい。
面相は……まあ、可愛い部類では無い。まあ、どうでも良い話だ。
するとディミトリが自分たちを見ているのに、土田が気がついたようだ。
「これはコミュニケーションだよなー」
そう言ってお互いに見合ってヘラヘラ笑ってる。
やられてる奴は迷惑そうに顔を引きつらせて笑ってるだけだ。この手のタイブは被害が拡大しない様にと、愛想笑いを浮かべてしまうのだ。
イジメをするクソッタレ達はその笑いを見て、惨めな優越感を満足させるものだ。
「あっそ」
そう言って立ち去ろうとした。すると、いじめられっ子は恨めしい目付きで観てくる。どうやら助けてくれると思ったらしい。
(自分のケツは自分で拭けよ……)
自分を助けるのは自分だけだと考えているディミトリは、被害者ヅラして他人の助けを宛てにする奴は嫌いだった。
虐めをしている連中や虐められて黙ってる奴には関心など欠片も無い。無視して手洗いを済ませてトイレから出ていこうとした。
すると。
「おいっ!」
そんな態度が気に入らないのか、土田が不意に声を掛けて来た。
「お前最近転校して来た奴だろ? 挨拶ぐらいしろや」
(くだらねぇゴミめ……)
だが、ディミトリは土田をチラリと一瞥しただけでそのまま歩き出した。
「シカトしてんじゃねえよ」
土田は仲間たちが居る為かやたらと威勢が良い。
或いは違法な取り引きをやっている自分が大物にでもなった気がしているのか。
どちらにしろ小心者にありがちなタイブだ。
(コイツもその一人みたいだな……)
想像するに転校生が格下かどうかを確認したかったのだろう。
「田端…… コイツに礼儀作法ってもんを教えてやれや」
田端と言われた男はディミトリに歩み寄ってきた。
「押忍」
そう返事して田端はニヤニヤしながら大振りに構えて殴り掛かってきた。
(ああ、コイツは弱そう……)
そんな見え見えのパンチなどにやられない。軌道が解っているのなら避ける事に造作は無いからだ。
身体を躱して田端の鼻先に軽く掌底を送り込んでやった。
「うぐっ」
田端が鼻を押えた。
その指の間からびっくりする様な勢いで鼻血が出てきた。その様子を見ていた土田たちはビクッとしていた。
どうやら流血には慣れていないらしい。不良に良く居るタイプだ。口では威勢が良いが、いざという時に怖気付く連中だ。
(鼻は折れていないよだな……)
ディミトリは田端の様子を伺ってから土田に向き直った。次はコイツの鼻を文字通り折ってやる為だ。
残された土田ともう一人は顔を赤くして怒っている。
「オメエが掛かってこいよ」
ディミトリは土田を挑発してみた。こうしないと二人同時に掛かってくる可能性があったのだ。もっとも、その時にはさっさと逃げ出すつもりだった。
「コイツ……」
土田が憤怒の表情を向けたまま言った。
その時、チャイムが鳴り始めた。休憩時間の終わりだ。
「ふん…… 助かったな」
土田は鼻先で笑うとトイレから出て行った。他の手下たちも慌てて追い掛けて行く。
いじめられっ子も同様だった。
(ふん、相手が強そうだと引くのか……)
ディミトリは相手の顔が引きつっていたのを見逃さなかったのだ。予想に反して強かったので戸惑って居るのだろう。
(中々のクズじゃん……)
ヒョロそうな転校生にマウントが取れると目論んだらしかった。
(次は、もっとお友達を連れて来るのかな?)
土田の中々のクズっぷりに微笑んでしまった。
(そう言えば……)
ディミトリが高校生の頃。頭のネジが一本抜けていたのかも知れないと思えるほど、非常識な悪ふざけをする奴がいた。
他の生徒の教科書を接着剤でくっつけたりとか、カバンの中に裏庭の池から取ってきたオタマジャクシの卵を入れたりする。
相手が嫌がる事をするのが好きなのだろう。
他にも挨拶代わりに腹にパンチを入れて相手が悶絶するのをニヤニヤ見ていたりとかする奴だ。
まるで小学生のような悪戯を繰り返す。本人は悪気が無いと言い張り、コミュニケーションのつもりだ言っていた。
もちろん、仕掛けた相手が予想外に怒ると、以降はやらなくなるというクズ野郎だ。
しかし、自分が格下と決めた相手には、執拗に悪戯行為を繰り返していた。
ディミトリにはちょっかいを出して来ることは無かった。高校の頃にはガタイが大きかったのもあるし、ディミトリ自身もソイツが気味悪かったので避けていたのだ。
在る時。いつものようにいじめっ子に腹にパンチしたら、相手が自宅から持ち出した銃で反撃した。自分の腹に開いた穴を不思議そうに見て、ひっくり返ってそれで終わりだった。呆気無く死んでしまったのだ。
この手の連中は相手が反撃するとは想像出来ないものらしい。
それ以来、ディミトリは喧嘩を売るのも買うのも控えるようになった。
「気が削がれたから屋上にでも行くか……」
緊張が溶けて気が抜けたので屋上で昼寝でもしようかと、ディミトリは階段を上がっていった。
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