第91話 廃屋の時計
とあるマンションの一室。
ディミトリは剣崎が借りたマンションがある。学校から歩いて五分程度だ。普通の2DKタイプだった。
ハーウェイ学園に通うには、住んでいる家が遠いので剣崎が借上げてくれたのだ。
祖母には学校で虐めに遭っているので転校するのだと言い訳した。
最近、怪我が多かったので祖母も心配していたらしく、市のイジメ問題相談員の振りをしたアオイの説明を聞いていた。
(まあ、怪我の原因はイジメとは全然違うもんだけどな……)
アオイの説明で祖母は納得したらしく、転校についても同意してくれた。転校先が進学校である事もプラスに働いたようだ。ただ、一緒に引っ越しするのは無理なので当面は一人暮らしになるらしい。
(どうせ、監視用のモニターぐらい有るだろう……)
エアコン室内機の所に監視カメラが有るのは気が付いていた。だが、敢えて外さなかった。
監視が順調に行われていると思わせておくためだ。
(玄関と洗面所にもありそうだな……)
ディミトリを監視するための部屋を、どこかのアパートに借り上げているだろうことはお見通しだ。後は連中の目をどうやって誤魔化して出し抜くかを考えるだけだ。
(監視任務は大人しくやるとして……)
ディミトリはマンションの近所にある廃屋らしき家に目を付けていた。普通の一軒家だが玄関ドアに蔦が生えているのを見かけたので、廃屋であろうと推測していたのだ。そこを拠点にしようと考えていた。
夕方を過ぎるとお笑い芸人のヨウツッベ動画を再生状態にして出かけた。適当に音を出して部屋に居ると偽装する為だ。
一階の角部屋だったので、玄関以外からコッソリと出掛ける手段はいくらでも有る。今回はベランダから外に出た。玄関は外に見張りが居るかも知れないし、防犯カメラが付いているのを確認していた。其内、ベランダの枠に細工して出入り出来るようにしようと計画中だ。
(拳銃しか持ち出せなかったけどな……)
ディミトリが廃屋を利用するのは、剣崎は持たせてくれなかった拳銃を隠しておく為だ。
『日本で銃を持てるのは許可された公務員だけだよ?』
したり顔で剣崎が言っていた。
(犯罪組織を相手するのに丸腰なのかよ……)
自分の身は自分で守る。ディミトリはそう決めていた。他人任せにして酷い目に合うのは懲り懲りなのだ。
被害者が自衛すると過剰防衛で罪になるのが日本という国だ。自分たちの点数になる事以外には、無関心な警察など当てにしないのが正解なのだ。
(剣崎のおっさんも何を考えているのか分からん所が有るからな……)
ディミトリは自分に似た処を持つ剣崎を信用していない。きっと、向こうも同じように考えているだろう。
つまり、お互いが相手を出し抜こうと考えているのだ。
(ふん…… 似た者同士か……)
ディミトリとしては麻薬組織らしき連中の売上金をかっぱらってしまおうと考えていた。
外国に行く前の小遣い稼ぎを目論んでいたのだ。頼まれた程度で警察の手助けをする程、お人好しでは無い。
もっとも、祖母を保護してくれるという申し出は有り難く受けるつもりだ。だから、多少は剣崎の言うことを聞いておくことにしていた。
(一日しか観察してないけどホームレスが居る気配は無いよな……)
本来なら一週間は下見に時間を掛けるべきだが今回は時間が無い。なので、現地で観察するだけだ。
廃屋の生け垣の隙間から中を十分程観察していた。人の気配が有るかどうかを確認する為だ。
この手の廃屋で一番心配なのがホームレスが勝手に住み着いている事だ。二番目がDQN連中が肝試しとして侵入される事だ。
(よし…… 大丈夫みたいだな……)
人通りが無いことを確かめ、中に入ることに決めた。
廃屋の生け垣を分け入って行くと、庭が全体的に植物に覆われていた。雑草の大きな葉が常に腰の辺りにある感じだ。その中を歩いて行った。
(兎にも角にも進みづらいな……)
雑草をかき分けながら廃屋に辿り着くと、少し埃っぽい玄関が目の前に現れた。
草木が覆い茂る玄関ドアを見た時に利用することは諦めた。門や玄関を使わないのは廃屋なのに人の出入りが有ることを悟られないようにだ。
これから重火器を秘匿して手入れなどにも利用するので用心しているのだ。
家の周りを回って確かめたが窓などは雨戸が閉まっていて開けることが出来なかった。
(窓を破るか……)
家の中に侵入出来ないディミトリは焦ってしまった。
(ん?)
家は二軒有って渡り廊下で繋がっているのだが、廊下の下の部分が抉れているのだ。
(雨で土が流されたのか……)
ライトで照らしてみると、少し掘り下げれば潜り込めそうだ。何より、長年の降雨にさらされた影響なのか、廊下の床板が腐っているのが分かったのだ。
(ここから、中に入って勝手口を解錠させるか……)
庭に放置されていた園芸用のシャベルで掘り下げ床板を剥がした。一時間程度で出来た。少し音を立ててしまったが、人通りが無いことが幸いして見咎められることは無かった。
中に入ってみてディミトリは少し驚いた。残置物が多数あったのだ。
室内は住人が神隠しにあったか夜逃げしたかのように日用品が残されていた。先程まで生活していたかのように、湯呑などがテーブルの上に置かれたままだった。
(しかし、黴の匂いがキツいな……)
どうやら年寄りの一人暮らしだったらしい。少し古めかしい女性ものの衣類が多数残されていた。
壁に十数年前のカレンダーが貼ってあり、とある日に丸がしてあって入院と書かれていた。
(身体に疾患でも抱えていたのか……)
ディミトリは周りを見渡した。すると、絨毯に黒ずみがあるのが見えた。血痕が乾いた跡だ。
(ふむ…… 吐血して緊急搬送、そのまま入院してって感じだな……)
どうやら家の主は、そのまま帰宅が叶わなかったようだ。
居間のサイドボードの上に家族写真らしきものも有った。親子四人で写っている。
かつては暖欒の場所であった居間は物哀しい場所に変わり果てていた。壁に掛けられた時計は止まったままで、家の中の空気同様に動くことは無い。ずっと停滞したままなのだ。
(要するに…… 死んだらお終いって事だよな……)
家の庭の様子からして相続した者は、この家に興味が無さそうだった。ほったらかし具合からして数十年は経っているものと思われた。
(まあ、遠方に住んでいれば通うことも叶わないわな……)
階段には埃が積もっていた。近くに寄ってライトで照らして見たが埃に厚みがあるのが分かった。
(長い事、誰も出入りしていないという事か……)
念の為に一通り見て回ったが、やはり誰も侵入した気配が無かった。子供部屋らしき物が二つと何もない和室が一つ。長いこと使われていないのは見て取れた。子供たちが独立した後は使わなくなったのだろう。
もっとも、二階に用は無いので二度と上がる事は無いだろう。
(まあ、俺が有り難く利用させていただくとするよ……)
ディミトリはフフフッと笑って客間の押し入れから毛布を持ってきた。
窓辺には毛布を目張りするように貼り付けた。防音と遮光の為だ。光というのは僅かな隙間からでも漏れてしまう。そして、何より目立つのだ。これなら夜中に作業していても外からは分からないはず。
(よしっ、後は出入り用に生け垣に細工すれば大丈夫)
家への出入りは生け垣の一部を斜めにカットしてそこから出入りするようにした。これはホームレスが他人の家に出入りする時に使う方法だ。足元の枝を払うだけなので、パッと見には通路が有るとは分からないのだ。
(さあ、悪巧みの開始だ)
全ての下準備が済んだディミトリはニヤリと笑って意気揚々と引き上げていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます