第90話 リア充たちが踊る園

私立ハーウェイ学園。


 中高一貫の進学校で全校生徒は男女合わせて六百人程度。関東圏内では中規模の学校だ。

 寮なども完備しており、生徒は全国から入学しているらしい。


 ディミトリは親の転勤の都合で転校して来たとの触れ込みで学園に潜入した。もちろん、偽装された人物像だ。

 本当の正体は学校関係者にも内緒にされていると剣崎は言っていた。


(まあ、長くはいないはずだからどうでも良いけど……)


 自分をクラスに紹介されたディミトリは、授業合間の休み時間には『月刊モデルガンマニア』を広げていた。

 こうすると周りに人が寄って来ないのは経験済みだ。単独で行動がしたかったので、余計な世話はやかれたくなかったのだ。

 クラスメートたちは変な時期に転校して来たので興味津々だが、マニアックな雑誌を広げている変な奴との認識が広がるのに時間はかからなかった。

 ひそひそ話をされている気がするがどうでも良かった。


 昼食の時には学校の食堂で取る習わしになっているらしい。弁当の持ち込みもOKだそうだ。

 食堂に行くと監視対象の五人の内の四人が同じテーブルで食事を採っていた。


 ディミトリはタブレットを弄るふりをしながら内蔵カメラで彼らを観察していた。直接にジロジロ見てると不審感を持たれてしまうからだ。

 支給されたタブレットからの情報を重ね合わせていた。


 それぞれの人物像と、特徴と立ち振舞を重ね合わせるためだ。こうしておくと遠くからでも人物を特定できるようになる。これは尾行などをする時に役に立つ。


 まず、一人目は守居次郎(もりい・じろう)といった。

 高等部三年で今の所はコイツが主犯とされている。

 父親が検察幹部で母親が某製薬会社社長の子息だ。つまり、典型的なエリート一家様だ。

 成績も学校で常に上位を争っている。運動神経も良いらしいが部活には属していないようだ。

 そして、何より彼はイケメンに入る部類だ。


(あれだな…… ムカつく奴である事は間違いない……)


 僻み根性満載の感想を持ってしまった。ディミトリは貧困家庭の出身だ。学校に行っても昼飯は家から持ってきた乾いたパンか水だった。一緒の部屋に居ると惨めになるので学校の屋上で空腹を我慢する毎日だったのだ。


(あの時は、俺の他にも何人も同じような奴が居たけどな……)


 その隣りにいるのが殿岡睦美(とのおか・むつみ)だ。

 高等部二年で守居の女だ。

 政府与党である民民党の有力者である内務大臣の殿岡浩一(とのおかこういち)の娘だ。

 母親は旧財閥の娘で日本中に別荘を持っている。そして、別荘との間は自家用ヘリコプターで移動しているらしい。

 こちらはセレブな一族という感じだ。

 学校の成績も良く、容姿端麗な美女であった。


(生まれた時から何でも揃ってる奴も居るもんだな……)


 守居の向かい側に座っているのが荒井陸王(あらい・りくお)。

 高等部三年。守居の取り巻きのひとりで、ガタイのデカさから用心棒であろう。

 両親は揃って警察関係者。

 中学までは柔道部に所属していたが高校では入っていないようだ。守居とつるんでいるからであろう。

 成績は中くらいでボクシングジムに通っているようだった。


 一人愛想よく笑っているのが土田純一(つちだ・じゅんいち)だ。

 高等部一年で守居のパシリだろうと思われる。件の携帯を持っているのがコイツだった。

 両親はキャリア官僚でエリート街道を進んでいる。

 元々は荒井の柔道部の後輩で便利屋として使われていると推測してみた。


 見ている限りでは、仲の良いグループが、他愛もない話をして笑い合っている風にしか見えない。俗に言うリア充と言われる連中だった。

 どう考えても麻薬組織の元締めには見えない。


(繁華街とかで遊び歩いている内に味をしめた口かな?)


 クラブなどで遊んでいて興味本位で手を出すのは良くある事だ。疲れが取れるとか、キメてセックスをすると快感が倍増するとかの甘い言葉で誘われて手を出してしまう。一度覚えると元に戻れないと分かっているのに、手を出してしまうのが麻薬や覚醒剤の怖さだ。


(自分たちで使っている内に取引に手を染めた口かもな……)


 利用者が売人になるのは良く在るケースだ。利用頻度が進むとキメて居ない時に不安感が増加してしまう。そこで手元に薬がないと不安になり必要以上に購入。手元に薬が有るだけで安心するらしい。それを知り合いなどに分けて小遣い稼ぎをしている内に売人になってしまうのだ。


(まあ、アマゾメで扱って居るものじゃないしな……)


 アマゾメは何でも取り扱う通販サイトだ。最近は個人での取引でも使われている。問題は犯罪組織も取引に利用している事だ。これは欧米などでも問題になっている。会社側も出品元の身辺調査を行っているが、彼らは身分を偽造しているので調査が追いついていないのだ。


(後、ひとり……)


 そして、この集まりに居ないのが小木智昭(おぎ・ともあき)だ。

 年齢が28歳でハーウェイ学園高等部化学教師。両親は教育関係者で兄が国立大を出て警察キャリア組だった。

 何故、目を付けられているのかは詳細が書かれていなかった。


(コイツが生徒を操って売買を行っていると考えるのが普通だわな……)


 だが、剣崎は生徒が元締めだと言い切っていた。言い切れるだけの確証を持っているのだろうがディミトリには知らされていなかった。


(コイツは…… 車にGPSを仕掛けるか……)


 行動のパターンを見ればおおよその検討が付く。監視の優先順位は低く見積もろうと考えた。


 昼食後の時間には学校内を見て回った。

 監視対象者は五人。彼らを一人ひとり見張る訳にいかないので、監視カメラを仕掛けて置こうと考えたのだ。

 屋上に出て単眼鏡で学校の詳細を眺めてみた。彼らの行動の動線を推測して設置場所を絞るためだ。


 すると、対象のひとりである土田が図書準備室に入っていくのが見えた。飲み物を両手に抱えていたところを見るとパシリに使われたのであろう。放課後も一緒になって行動する事が多いとある。


(準備室って事は人の出入りが少ないのか……)


 密談するにはもってこいの場所だ。校内での溜まり場に最適なんだろうと考えた。


(あそこは音声付きの監視カメラが必要だな……)


 自分たちだけだと思い込んでる場所では、気が緩んでヤバめの話題も口にするだろう。そこを期待出来るだろう。

 監視カメラはいつもの通り携帯電話を魔改造した奴だ。剣崎に頼めば高性能な物を支給してくれるだろうが、そうすると情報が筒抜けになってしまう。事態の主導権を握りたいディミトリとしては避けたい所だ。


(諜報戦では向こうが専門だろうが、こっちには現場に居る強みがある……)


 そんな事を考えながら校内を探索していると、保健室から白衣を着た女性が出てきた。


 アオイだ。


 普通に考えればディミトリの監視だろう。何しろ彼は敵と見做すと排除するからだ。

 ただの監視と調査なのに死体の山を築かれては困ると言うものだ。


(ちっ、やっぱり監視付きかよ……)


 アオイの方もディミトリに気がついた様だった。彼が声をかけようとするとアオイは目を逸した。


(ん?)


 無関係を装えとの事だろうと理解したディミトリは何も言わずに通り過ぎた。


(そういえばアオイは医者の資格も持っているんだっけか……)


 学校医として潜入して教師関係者の監視をするのだろうと推測したのだった。

 連絡手段はどうとでもなるから気にはしなかった。


 それより、これからの監視活動については、詳細を考える必要があるなとディミトリは思ったのだった。


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