第二章 とある傭兵の驚愕
第89話 不思議な習性
車の中。
剣崎の仕事を引き受けることにしたディミトリは話の続きを聞いていた。
「最近、池袋近辺でリキッドタイプ似た大麻が出回っている」
剣崎は一枚の画像をタブレットに表示させた。魚の形をした小型の携帯醤油入れだ。弁当などに良く入っている。
しかし、今回問題になっているのは中身だ。大麻などの幻覚成分を抽出して液体化させている物が詰まっている。
この液体を電子タバコのアトマイザーと呼ばれる小さな穴に入れる。そして、その水蒸気化された幻覚成分を吸い込むのだ。
大麻草の独特の匂いが無いので、欧米では爆発的な人気を誇っていた。
「効きはそんなに良くは無いが手軽に吸えるらしい」
「匂いが無いのなら街中でもキメる事が出来るな……」
ディミトリが指先でタブレットに映る電子タバコを小突いていた。
「そう、手軽と言うのが問題だ」
「まあ、シャブの炙りみたいなもんか?」
「ああ……」
「ああいった中毒者は、より刺激の強いものに惹かれてしまうからね……」
「ヤク中の入り口になっちまうって事かい……」
薬物中毒者とは不思議なもので、より強い刺激を求めて薬物を替えていく習性がある。やがてはヘロインや覚醒剤に手を出してしまうようになるのだ。
剣崎たちは何としても流行を阻止したいようだった。
「その薬の売人を締め上げた所。 とある学校の生徒が元締めらしいと判明したそうだ」
取引の支払い方法でトラブった時に一度だけ電話で直に話したそうだ。その時、背景に学校のチャイムが聞こえて来たので学生かも思ったと言っていた。
「元締めが高校生って…… とんでも無いヤツだな」
そう言ってディミトリは笑っていた。剣崎も吊られて苦笑していた。
「じゃあ、元締めとやらをしょっぴいて締め上げれば良いじゃねぇか」
「それが元締めが誰なのかが不明だ」
「ん? 売人はどうやってクスリの受け渡しをやってたんだ?」
「ネットを使っての取引……」
薬物はコインロッカーや廃屋などに隠して引き渡しするらしい。金の支払いは電子マネーだ。
「ネットなら相手の特定なんざ一瞬じゃないか」
「君と同じ位に悪知恵が働くヤツラらしくてね」
「……」
「飛ばし携帯や国際SMSの偽装なんかを駆使して取引を行っているんだ」
「……」
(ちっ、俺が飛ばし携帯や国際SMSを使っているのを知っているのかよ……)
彼らはすべての作業を細かく分断して、それをネット経由で移動させているらしかった。その為、現場には直接出ること無く薬物の取引を支配しているのだ。
「五人までは絞り込んである」
剣崎が男女五人の画像を表示してみせた。
(ここまで調べが付いているのなら、自分が乗り出す理由は無いじゃないか)
そう考えていたが黙っていることにした。
「悪人気取りのヒョロイ学生なんざ一発でさえずり出すんじゃないの?」
「彼らの親は大概が権力者だ。 参考人程度で引っ張ると後でえらい目に合わされる」
及び腰の理由が判明した。警察といえども国家権力の前では無力なのだ。
「宮仕えはツライねぇ……」
ディミトリはそう言うと笑ってしまった。剣崎は肩を竦めてみせただけだ。
恐らくは警察関係者とは無関係の人間を使って内偵調査をやりたいのであろう。それにはディミトリが最適だったのだ。
「でも、こういうのって麻薬取締官の仕事じゃない?」
「薬の出元がロシアらしい。 それを中国経由で取引しているらしいんだね」
薬の流通ルートまで調べてあるらしい。そこまで調べが付いているのなら元締ぐらい分かりそうなものだとディミトリは思った。
「諜報機関が関わっている疑いが出たので我々にお鉢が回ってきたのさ」
ディミトリの疑念を察したのか剣崎が先回りして答えてきた。
国際社会では相手国の社会崩壊を狙って、違法薬物を蔓延させるのは良くある手口だ。清朝に仕掛けられたアヘン戦争などが有名だ。
或いは強弱の二種類のウィルスを作っておき、自分たちには弱い方を流行させ、対象国には強毒性のウィルスを流行させる。相手が弱りきった所で善人を装って手助けする。相手は感激して要求を通りやすくなる。そんな手も使われるものだ。
良き隣人など皆無なのが国際社会ってものだ。まあ、日本にはそれが理解出来ないお花畑な連中が多い。
「お役所の縄張り争いも大変だね」
「まあね……」
一口に潜入捜査と言っても、かなり上の方まで話を通しておかないといけない。そうしないと万が一露呈した時に責任の所在がわからなくなるからだ。
今回は外国の諜報機関が関わっているので、調整する部署が多岐に渡ってしまう。役人は自分に責任が及ばないように口を挟みたがるのだ。
剣崎は機動性が重視される今回の事案には、面倒な根回しが不要な外注に任せることにしたのだろう。
「俺は誰が元締めなのかを調べれば良いのか?」
「そうだ」
「ふーん……」
気が進まなさそうに五人の画像を見るディミトリ。男が三人に女が二人。ちょっと見た限りでは優等生タイプの五人だ。
不良特有の匂いが無い。
「で、最終的には元締めを始末するのか?」
「殺しは駄目だと言った筈だよ?」
「裁判費用が節約出来るじゃねぇか」
「死体の後始末に困るだろう……」
剣崎は苦笑しながら答えた。
ディミトリは肩を竦めてみせた。自分としては裁判などの費用節約になるナイスなアイデアと思っていたらしい。
「潜入して貰うのは私立ハーウェイ学園」
剣崎が案内パンフレットを見せてきた。
「中高の一貫教育で国立大学への進学率が高い事を売りにしてる学校だ」
「……」
教育の基本をキリスト教に軸を置いて、博愛と友愛を育む人物育成を理念としていると、剣崎が学園の案内パンフレットを読み上げていた。
(ぼんやりとしすぎてわかんねぇ……)
学校では居眠りしているか、喧嘩しているかだったディミトリには縁の無い世界のようだ。
「何で、その学校なんだ?」
「元締めと思われる人物が使うショートメールの発信地点がそこなんだよ」
ショートメールを使う携帯から頻繁に発信されているらしい。だが、同一の携帯から発信されることは少ない。
元締めは警察の捜査を警戒して頻繁に携帯電話を変更しているらしかった。
「元締めが複数居るのかもしれないんじゃないの?」
「その可能性もある…… その辺も含めて調査して欲しい」
ここでディミトリはある事に気がついた。潜入する学校の中等部と高等部の校舎が離れているのだ。
「んーーー、でも調査対象は高校生だろ? 俺は中学生なのに平気なのか?」
「あー、高校一年って事で入ってもらう……」
「ふん、書類いじるだけなら可能か……」
欺瞞工作は彼らの得意な分野なのだろう。書類の偽造など造作も無い事なのだ。
「ああ、君は中学生とは思えない程ふてぶてしいからね」
そう言うと剣崎はクスクスと笑った。ディミトリは剣崎をチラリと睨んだ。
「映画とかだと学校長とか理事長とかが黒幕だと決まってるもんじゃない?」
「彼らは違うね」
「ほう、何で?」
「理事長は政府関係者だ。 校長は元警視総監なのさ」
「そういうのが一番怪しいもんじゃね?」
今度は剣崎の方が肩を竦めただけだ。
「ちっ……」
恐らくは疑っているのだ。だが、捜査対象に入れないように圧力が掛かっているか、他にも監視する組織があるのかだ。
どうやら剣崎は全てを話していなとディミトリは察した。
(まあ、それでも恩を売っておいて損は無いか……)
ディミトリは諦めていた。どっちにしろ剣崎と揉めても益が無いのは明白だからだ。
「君の転校手続きは既に済ませてある。 明日から行くと良いよ」
「用意が良いね……」
どうやら、剣崎はディミトリに調査依頼を断られるとは考えていなかったようだ。
この先の先まで読む手合は苦手だ。ディミトリが剣崎を好きに成れない理由の一つだ。
「学校の近くに隠れ家を用意してある……」
「……」
「そのタブレットは持って行って良いよ」
剣崎はタブレットをディミトリに渡したままだった。
タブレットの中により詳しい情報が入っているのだとも言っていた。
「ところで、俺の身体に有った追跡装置は一つだけだったのかい?」
「自分が知る限りは一つだね……」
きっと、コレも嘘に違いない。ディミトリはそう思っていた。
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