第83話 体質の問題
放課後。
その日一日を平穏無事に済ませたディミトリは帰り支度をしていた。そこに大串が再びやって来た。
「なあ……」
「行かないよ?」
大串の思惑が分かっているディミトリは素っ気無く言った。
「まだ、何も言ってないじゃん……」
「田口の兄貴に関わる気は無いよ」
「じゃあ、せめて田口の話だけでも聞いてくれよ」
「そう言えば今日は田口が来てないな……」
ディミトリが周りを見渡しながら言った。興味が無かったので田口が居ないことに、その時まで気が付かなかったのだ。
「ああ、放課後に俺の家に来ることになっている」
「そうなんだ」
「お前が田口の家に行かないと言ったら、俺の家で相談に乗って欲しいって言ってきたんだよ」
「だから、面倒事に関わる気は無いんだってば」
「いや、アドバイスだけでも良いと言ってる」
「……」
「かなり困っているみたいなんだよ」
「なんだよ。 情け無いな……」
大串の説得に話だけでも聞いてやるかとディミトリは思った。
それでも手助けはやらないつもりだ。迷惑を掛けられた事はあるが助けてもらった事など無い。いざとなったら、誰かが助けてくれるなどと考えている甘ちゃんなど知った事では無いのだ。
(悪さするんなら覚悟決めてやれよ……)
そんな事を考えながら、大串と連れ立って彼の家に向かう。
ディミトリはその間も通る道を注意深く観察していた。彼には警察の監視が付いていたはずだからだ。
ところが最近は見かけないと言っていた。恐らく公安警察の剣崎と対峙したあたりから監視が外れているようだ。
ディミトリには何故剣崎が自分を捕まえないのか分からなかった。
(まあ、面倒臭そうなら剣崎に投げてしまう手もあるな……)
剣崎が冷静を装ったすまし顔を困惑するのが浮かぶようだ。ディミトリは少しだけほくそ笑んだ。
大串の部屋に入ると田口が暗そうな顔をして座っていた。
「やあ」
ディミトリはなるべく明るめに挨拶をしてやった。
まずは話を聞くふりをする必要がある。マンションに忍び込んだ様子から聞き始めた。
「兄貴たちは銅線を集めにマンションに行ったんだ」
田口が話している廃墟マンションは何処なのかは直ぐに分かった。
川のすぐ脇にある奴で何年も工事中だったと話を聞いている。工事をしている業者が倒産してしまい、途中で放棄状態になっているマンションなのだ。
そこに田口兄は仲間と二人で忍び込んだらしい。
「銅線?」
「ああ、くず鉄屋に売れば金になるからな」
「?」
そういえば日本のくず鉄は良質なので高値で売れると聞いたことがある。
手口は、工事現場などに行って捨てられている銅線などを拾うだけ。
(置いてあるだけだと思うんだけどな……)
銅を含む金属類は、銅の含有率によって相場が異なる。だが、日本の銅線は含有率が高いので高値で売れる。
そこで、工事現場などに忍び込んで、屋内に配線されている電気線などをかっぱらうのだ。良くある手口だ。
その盗んだ銅線の包みを剥がして近くの田んぼに持っていき、田んぼの泥で銅線をわざわざ汚したりする。
新品だと買い取って貰えないので、古い銅線に見せ掛ける偽装をする必要が或るためだ。
そうやって偽装させた銅線を、故買屋に持ち込んで買い取ってもらうのだ。
「クズ鉄屋はソレを外国に売るんだってさ」
「なる程……」
「小遣い稼ぎに丁度良いんだよ。 うるさいことを聞かれないしな」
手間の割には結構な値段になるので、小遣い稼ぎにやっていたらしい。
「クズ鉄屋は盗品を買えないんだろ?」
「建前はな…… でも、資源ゴミに混ぜてしまえば盗品かどうかなんて区別がつかねぇだろ?」
「なる程……」
阿吽の呼吸という奴だろう。正直にやっても馬鹿をみるのが、この国の特徴だ。そこはどうでも良い話だ。
「それでマンションに忍び込んで、各階の電線を盗みまくっていたらしいんだけど……」
「マンションって屋上にエレベーターの機械室があるじゃん?」
「ああ」
「そこに入った時に鞄が落ちてたんだそうだ」
(いや、それは隠してあると言うんじゃないか?)
ツッコミを入れたかったが話を済ませたかったので続きを促した。
「工事道具を置きっぱなしにしたものかと思ったんだよ」
鞄の上部にスパナやレンチなどの道具が入っていたそうだ。それで勘違いしたらしい。
こんな物でも故買屋は引き取ってくれるのだそうだ。
「それで儲けたと思って鞄と電線を持って帰ってきたんだ」
(何故、その場で確認しないんだ……)
チラッと見ただけで済ませたらしい。ディミトリのように疑り深い奴なら鞄をひっくり返して中身を確かめるものだ。
「でもって、車に戻って中身を全部見たら、拳銃と白い粉が入っていたんだよ」
そのセットはどう考えても犯罪組織に関わり合うものだ。
「どう考えても様子がおかしいから、兄貴たちはビビっちまってロッカーに隠したんだってさ」
元の場所に戻しに行こうとしたが、車がやって来るのが見えたので慌てて逃げたらしい。
(受け渡しの途中だった可能性が高いな……)
金と物の交換を別々の場所で行い、お互いの安全を図る方法だ。警察の手入れを受けても金だけだと検挙出来難いからだ。
何度も取引をしている組織同士なら安全を優先するものだ。
普通は見張りを配置しておくものだが、それが無かった様子だった。何らかの事情で人手不足だったのかも知れない。
「その時には周りに何も無かったらしい」
(でも、見落としがあったから今の状態だろうに……)
「安心していたら何日か経ってから監視されるようになったんだよ」
(所詮は素人が見回した程度だからな……)
(時間が掛かったのは監視カメラか何かに映っていたのか?)
恐らくは車などに積まれているドライブレコーダーから足が付いたのではないかと考えた。廃墟のマンションに防犯カメラは設置されていない可能性が高いからだ。
「で、具体的に何か言って来たのか?」
「いや、ただ付けられただけみたい……」
要するに何もされて居ないのに、勝手に怖がっているだけのようだ。ディミトリは呆れてしまった。
「何かしてくるようなら、その時に相談に乗るよ……」
何も要求されていないのなら、何も言うことは無かったのだ。少し肩透かしを覚えたディミトリは適当に返事をしていた。
(それに、あと二週間程度で日本からは消えている……)
「警察に匿ってもらうか……」
「それは拙いって……」
田口と大串が後ろでボソボソと相談していた。普段は『マッポなんざ怖くねぇ』とか威勢の良い事を言っていたのに、困ると警察に頼るのは、この国の不良と呼ばれる情けない人種の特徴だ。
「じゃあ、俺は帰るわ……」
ディミトリは大串の家を出て帰宅の途についた。一応、話を聞くだけはしたので、もう良いだろうと考えたのだ。
すると、通りを一ブロックほど歩いた所で声を掛けられた。
「よぉ、お前は田口の知り合いか?」
面相の宜しくないおじさんが前に立ちはだかってきた。他にも面倒くさそうなおじさんたちが見ている。
(うーん…… どう考えても田口兄貴のトラブル関係だろうな……)
彼らの用件はディミトリにはピンと来るものがあった。
自分では匠に火の粉を避けているつもりだが、火の粉の方に避けてしまうのはディミトリの体質はらしい。
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