第84話 見かけは優等生
大串の家の近所。
「いいえ、別に友達ではありません……」
ディミトリは警戒して言っているのでは無い。本当に友人だとは思って居ないのだ。
「でも、田口のツレの家から出てきたじゃねぇか」
男の一人が大串の家を顎で示しながら言った。
これで男たちが田口を尾行して、彼が大串の家を訪ねるのを見ていたと推測が出来た。
「学校でクラスが同じなだけです……」
ちょっと、面倒事になりそうな予感がし始め、ディミトリは警戒感を顕にしていた。
「ちょっと、オマエに頼みたいことが有るんだ」
男が手で合図をすると車が一台やって来た。やって来たのは白の国産車だ。
大串たちの話ではグレーのベンツだったはずだが違っていた。
「ちょっと、付き合ってくれ」
開いた後部ドアを指差した。
「クラスの連絡事項を伝えに来ただけで、僕は無関係ですよ?」
妙齢のお姉さんであれば喜んで乗るのが、おっさんに誘われて乗るのは御免こうむるとディミトリは思った。
「田口に届け物を渡して欲しいんだよ」
「それなら、おじさんたちが直接渡したらどうですか?」
ディミトリは尚もゴネながら逃げ出す方法を考えていた。
「良いから。 乗れって言ってんだろ?」
ディミトリを知らないおっさんは頭を小突いた。瞬間。頭に血が上り始めた。
(くっ……)
だが、人通りもあって我慢する事にしたようだ。今はまだディミトリは冷静なのだ。ここで、喧嘩沙汰を起こすと警察が呼ばれてしまう。それは無用な軋轢を起こしてしまう。
それに相手は中年太りのおっさんが三人。ディミトリの敵では無い。チャンスはあると思い直したのだった。
(周りに人の目が無ければ、コイツを殺せたの……)
ディミトリは残念に思ったのだった。
こうして、ディミトリは大串の家から出てきた所を拉致されてしまった。
連れて行かれたのは中途半端な繁華街という感じの商店街。端っこにあるナイトクラブのような地下の店に連れ込まれた。
まだ、開店前らしく人気は無かった。その店の奥にある事務所に連れ込まれた時に、白い粉やら銃やらをこれ見よがしに置かれているのを見かけた。
(ハッタリかな……)
まるで無関係の奴に見せても益が無いはずだ。ならば、ハッタリを噛ませて言うことを効かせようという魂胆であろう。
ヤクザがやたら大声で威嚇するのに似ていた。
「よお、坊主…… 済まないな……」
ボス格らしき男が話しかけてきた。
「お前の友達の兄貴が、俺たちの鞄を勝手に持ち出してしまってな……」
ディミトリは見た目は優等生に見えるのだ。優しく話しかければ言うことを効くと勘違いしてるらしかった。
「鞄を返せと兄貴に伝えろと田口君に言ったんだが無視されちまったんだよ」
どうやら一度は接触が合ったようだ。田口たちは面相の宜しくないおじさんたちに問い詰められたのだ。ディミトリは慣れているので平気だが、免疫の無い田口たちには無理な話だろう。彼らが異様に怯えている理由が分かった。
「田口君のお兄さんが鞄を持って行ったって何で解ったんですか?」
大串の家で聞いた限りでは誰にも見られていないはずだ。だが、現に田口の家ばかりか交友関係まで把握しているのが不思議だったのだ。
「防犯カメラに田口が鞄を弄っている様子が映ってるんだな」
一枚の印刷された画像を見せられた。防犯カメラと言うよりはドライブレコーダーに録画されていたらしい画像だ。
黒い革鞄と田口兄が写っている。それと車もだ。ナンバープレートも写っていた。
(泥か何かで隠しておけよ……)
泥棒は車で移動する時にはワザと泥などでナンバープレートを隠しておく。防犯カメラに備えるためだ。
「鞄を返せと言えば良いだけだ」
「鞄の中身は何なの?」
何も知らないふりをして質問してみた。
「中身はお前の知ったこっちゃない」
男はディミトリをギロリと睨みつけながら言った。
「まあ、そんなに脅すなよ。 中身はそば粉と子供玩具と湧き水を容れたボトルさ」
「?」
子供騙しのような嘘だとディミトリは思った。
「この写真を見せながら言えよ?」
ボス格の男はそう言うと何枚かの写真を投げて寄越した。
写真には田口と田口兄。それと一組の夫婦らしき男女の写真と、小学生くらいの女の子の写真があった。田口の家族であろう。
最後は故買屋の防犯カメラ映像だ。鞄の処理の前に銅線を売りに行ったらしい。
普通の窃盗犯であれば仕事をした後は暫く鳴りを潜めるものだ。そうしないと探しに来る者がいるかも知れないのだ。
(ええーーーー…… 素人かよ……)
余りの幼稚な行動にめまいがしてしまった。
「そば粉なら、また買えば良いんじゃないですか?」
ディミトリは話の流れを変えようと言い募った。
窃盗した後に迂闊な行動をする馬鹿と、見張りも立てずに取引物をほったらかしにする素人など相手にしたくなかったのだ。
「そば粉は別に良い。 ボトルを返せと言えば良い……」
ここで、ピンと来るモノがあった。
(そば粉だと言う話は本当だろう……)
見つかった時の言い訳用だ。拳銃が玩具だというのも本当だろう。万が一、職務質問で見つかっても警察が勘違いだと思わせることが出来るはずだ。
ボス格の男が色々と蕎麦に関してのウンチクを並べているがディミトリの耳に入って来なかった。
(だが、ボトルの中身は…… 麻薬リキッドだな……)
ディミトリはボトルの中身を推測した。
麻薬や覚醒剤の成分を溶かして電子タバコで吸引する方法がある。手軽に利用できるようになるので、外国などで問題になっているとネットニュースで読んだ記憶があるのだ。
(単価がべらぼうに高いんだろうな……)
彼らが必死に取り戻そうとするはずだった。
「では、鞄を返せと言えば良いのですね?」
「ああ、そうだ」
「分かりました。 そろそろ塾に行く時間なので家に返して貰えませんか?」
「分かった。 おい、小僧を送ってやれ」
「はい」
男たちは聞き分けの良い優等生風のディミトリに騙されて開放しようとしていた。
その時、ドアが空いて一人の男が入って来た。
「あ、兄貴……」
入って来たのは彼らの兄貴分らしい。ボス格の男が腰を上げて出迎えた。
(ありゃりゃ……)
だが、ディミトリは入ってきた男を覚えていた。
ジャンのアジトでディミトリを殴った男の一人だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます