第82話 運命に嫌われている

中学校。


 中国のケリアンから偽造パスポートが届くのには暫く時間があった。彼は二週間前後になると言っていた。

 その間は大人しく生活をしていようとディミトリは考えていた。恐らく、外国に行ってしまうと、二度と日本には帰ってこられない。なので、祖母に何か孝行をして置こうかと考えているのだった。

 

「お前、夏休み明けから変わったな……」


 学校に登校すると四宮にそう言われた。

 確かに少し筋肉が付いているのが自分でも分かるぐらいにはなった。後、体中傷だらけだ。


「ああ、筋肉トレーニングしてるからね……」

「へぇ……」


 最初に学校にやって来た時には、玄関で履物を履き替えるのが分からずに土足で上がろうとして怒られた。

 次は自分のクラスが分からずウロウロしている所を、四宮に声を掛けられたのだ。


「四宮もやってみろよ。 飯が美味くなるぜ」


 そう言ってディミトリは笑った。実は柔道場での師範同士の会話を丸パクリしてるだけだ。

 自分は食事が旨いという感覚が良く分からない。味覚が脳に記憶されている物と違っているらしく旨いとは思えないせいだ。

 もっとも、基本的に祖母が出してきたものは残らず食べるようにはしている。残すと悲しそうな顔を見せるのが嫌だからだ。


 四宮と会話をしながら教室に入ると大串が近寄って来た。


「すまん…… 若森に相談が有るんだ……」

「ああ、屋上に行こうか……」


 朝のホームルームまでは時間が有る。二人は屋上に向かった。


「ん? 閉まっているのか……」


 ディミトリが屋上に出る扉に手を掛けていると鍵がかかっているのに気がついた。まだ、施錠が外れる時間では無かったのだろう。


「ああ、ここで良いよ」


 大串がそういうのでディミトリは屋上に出るのを諦めた。天気が良さげだったので少しだけ残念だった。

 一方の大串は深刻そうな顔をしていた。


「相談って何よ?」

「田口の兄貴がいるだろ?」

「ああ……」

「面倒事を起こして家に引きこもっているらしいんだ……」

「ん?」

「廃墟になったマンションに、田口の兄貴が銅線を盗みに入ったんだよ」

(相変わらずにロクでなしだな……)


 ディミトリは田口兄の変わらなさに笑ってしまった。


「その時に鞄を一つ拾ったらしい」

(おお! 胡散臭さ満杯だな)


 廃墟に落ちているものなど、碌な物では無いに決まっている。


「中身は何なのよ?」

「拳銃と白い粉……」


 それは落ちていたのでは無く、隠して置いたと言うのではないかとツッコミを入れそうになってしまった。

 拳銃と一緒に入ってる白い粉などは、どう考えても薬の類いであろう。という事は元の持ち主は間違いなく犯罪組織だ。


(何で持ち帰る前に中身を確かめ無いんだよ……)

「そんな危なっかしい物、どっかのロッカーに押し込んで警察にチクってしまえよ」


 ヤクザが足を洗う時には拳銃の処分に困るものだ。海に捨てたり山に埋めたりする手もあるが、面倒くさがりの奴は何処にでもいるものだ。そこで、ロッカーに入れて警察に密告するのだ。後は警察が処分してくれる。


「ああ、そうしたんだそうだ……」


 田口兄はコインロッカーに鞄を詰め込んで警察に匿名の電話を掛けた。チンピラに毛の生えた程度の小悪党には、薬の売買など手に余ってしまう。ましてや拳銃は犯罪に使われていない確証も無い。巻き込まれるのは嫌だったのだろう。

 コインロッカーの場所には警察の車両が集まっていたので、無事に回収されたのだと思ったらしい。


「厄介物の処分が終わったんなら良いじゃねぇか」

「ところが、田口の兄貴は見張られて居るらしいんだよ」

「誰に?」

「ここ数日、グレーのベンツが付いて廻るんだと言っていた……」

「鞄の元の持ち主じゃねぇの?」

「それが分からないから相談したいんだそうだ」

「ふーん……」


 ここでディミトリは考え込んだ。もうアオイの車を気軽に使えないので、足代わりになる者が必要だからだ。

 田口兄は足代わりになるが、今回の事のように少し抜けている所がある。


(関わっても得にならねぇな……)


 冷静に考えても見張っているのは鞄の所有者だった連中だ。きっと、揉め事になる。揉め事を解決してやっても、得るものが無いと判断したディミトリは見捨てることにした。


「俺には関係無い事だ」


 ディミトリはそう言って立ち去ろうとした。


「そんな冷たい事を言うなよ……」

「前に似たような感じで俺を嵌めたよな?」

「……」


 これは大串の彼女が薬の売人と揉めたと偽られて嵌められた件だ。元来、ディミトリは裏切り者は許さない質だ。たとえ反省しても、一度裏切った人間は再び裏切るからだ。これはディミトリだった時に何度も経験済みだ。

 今、大串たちを処分しないのは、ソレを実行すると日本に居るのが難しくなると考えているに過ぎない。

 彼らの命は首の皮一枚で繋がっているだけなのだ。


(俺の周りはロクでなしばかりだな……)


 ディミトリは苦笑してしまった。少し、ハードな日々が続いて疲れているのだ。

 出来れば何も起こらないことを願っていた。

 今回の田口兄にしろ小波が大波になってしまう。今はなるだけ避けたいものだとディミトリは考えているのだ。


「俺は警察に目を付けられてる。 他人の厄介事に首を突っ込む余裕が無いんだよ」


 そう言って屋上の扉に背を向けて教室に戻っていった。大串は困り顔で見送っていた。


 警察は警察でも公安警察だ。きっと、これ見よがしに見張りは付いていないはずだ。つまり、何処で見られているのかディミトリ自身にも分からないのだ。ならば大人しくしているに限る。


 自分が運命に嫌われているのは理解しているつもりだ。それはディミトリの時もワカモリタダヤスになっても変わっていない。

 今は静かに過ごして消えるように日本から脱出するつもりだった。



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