第81話 符号コード
鶴ケ崎博士の研究所。
研究所と言っても洋風の屋敷だった。都内から少し離れた都市に広めの一軒家だ。
鶴ケ崎博士はこの屋敷を住居兼研究所としているのだった。
主要な駅から離れた場所にある屋敷の周りは、人通りも無く街灯だけが唯一の明かりであった。
そんな閑散とした通りを白い自動車がゆっくりと通り過ぎていく。まるで、屋敷の中を伺うかのような動きには、野良猫ですら警戒の目を向けている。
屋敷を通り過ぎ、街灯の明かりが途切れる辺りで白い車は停車した。車を運転していた人物は、車のエンジンを切って静寂の中に何かしらの動きが無いかを探るように辺りを伺っていた。
運転手は黒ずくめの格好をしていた。だが、胸の膨らみは隠せない。女性であろう事は外観で判別が出来た。
彼女は壁を軽々と乗り越え、屋敷の外壁に張り付いた。そして、周りを伺う素振りも見せずに台所の扉に取り付いた。
玄関に向かわなかったのは防犯装置が付いているのを知っているからだろう。
台所に扉を自前の解錠用キットで開けた彼女は台所に有った防犯装置を解除した。こうすると家人が家に居る事になって、警備会社に通報が行かなくなるのだ。彼女は防犯装置に詳しいのだろう。鮮やかな手口であった。
博士は独身だったのか、研究所の中は無人であった。
屋敷に侵入できた彼女は迷わずに二階に向かっていった。二階に博士の研究室があるからだ。
室内に入って中を見回す。様々な専門書が壁一面を埋め尽くしている。
部屋の中央の窓よりの部分に机があった。机の上を懐中電灯で照らし出す。机の上にはノートパソコンが一台あった。
ノートパソコンを開けて中を見たが、目的の物が見つからなかったのかため息を付いていた。そして、机の上を懐中電灯で照らして何かを探している。
やがて、引き出しを開けると外付けのハードディスクがあった。表にガムテープが貼られていて、マジックで『Q-UCA』と乱暴に書かれている。
「……」
彼女はそれを手にとってシゲシゲと眺めた。やがて、彼女はそれを自分のバッグの中にしまい込んだ。目的のものを見つけたのだ。
すると、部屋の片隅で何か物音がして部屋の明かりが点いた。
「!」
彼女は物音がした方角に厳しい目を向け身構えた。
「来ると思ってたよ……」
暗闇から一人の狐の覆面を被った男が進み出て声を掛けて来た。彼女はいきなりの展開に戸惑ったようだ。
「若森くん……」
彼女はアオイだった。彼女は声の特徴からディミトリだと直ぐに感づいたようだ。
「来ると思っていたって…… いつから気が付いていたの?」
「んー、ヘリコプターで逃げ出す時に銃を渡した時かな……」
「?」
ヘリコプターで逃げ出した時の事は覚えている。だが、これと言って何かをした訳では無かったのだ。
「銃を渡した時に安全装置を外したろ?」
「……」
「銃を扱った事が無いと言ってたのに、何で安全装置に気が付くんだろうと思ったよ」
「あ……」
どうやらアオイはその時のことを思い出したらしい。『しまった』とでも言いたげに顔をしかめた。
「普段から銃の取り扱いに慣れていると、無意識に操作してしまうものさ……」
ディミトリはクックックッと笑っていた。色々な謎が解けたのが嬉しいらしい。
「考えてみれば偶然が重なり過ぎていたよね」
尚も言い募っていく。ディミトリがアオイが普通の女では無いと気が付いた事柄だった。
監視カメラに『偶然』交通事故の模様が映されていた。ディミトリの性格から、相手の弱みを悪用するのを見越していたのだ。
ディミトリが通っている病院に『偶然』アオイの車があった。ディミトリと出会う為だ。
そして、『偶然』何度も敵に捕まっていた。それはディミトリの戦闘能力を計る為であろう。
これからを繋ぎ合わせれば答えは一つだけだ。
それらの全てはワカモリタダヤスが、本当にディミトリで有るかを確かめるためであったのだ。
「アンタは俺を見張るために付けられた工作員なのさ」
ディミトリの目が冷たく光り、手に持った銃をアオイに向けた。その銃口には音を消すための減音器が装着されている。
敵には一切の情けを見せないのを知っているアオイは銃口の先を見つめた。今にも銃弾が出てくる気がしたからだ。
「それじゃあ、コレは偽物なのね……」
アオイはバッグから外付けハードディスクを取り出して見せた。
「ああ、ソレは俺のデカパイねーちゃんコレクションだ」
そう言ってディミトリは自分のポケットから外付けハードディスクを取り出して見せた。大きさはB6サイズのシステム手帳程だ。
コレにも自分が存在しているかと思うと、背中がむず痒くなるのを覚えた。
「コイツが引き出しに入っていた本物だろう……」
その筐体の外側に『Q-UCA』と文字が書かれた白いテープが貼られている。マジックでなぐり書きされた物では無いので本物っぽく見えている。
「ちゃんと符号コードを調べたの?」
「何だソレ?」
「真贋を確かめる為の符号コードが付加されているのよ」
「そうか…… じゃあ、調べてみてくれ」
ディミトリは手にした外付けハードディスクをアオイに渡した。アオイは素直に受け取った。出し抜けるチャンスが或るかもと考えていたのかも知れない。
彼女は接続コードをハードディスクに差し込んで、持ってきたバームトップのパソコンに繋いだ。
「暗号キーは128ビットの符号で出来ていて、そのコードが一致していると本物と判定されるの……」
真贋を判定するアプリケーションを動作させながらアオイが説明した。
「んーーー…… 日本語で頼む……」
「偽物が作りにくいって事」
「なる程……」
専門用語を並べた建てられたディミトリは根を上げてしまった。落ち着いて聞けば理解できるが、専門家の説明は分かり難い物だ。
「コレは本物みたいね」
パソコンを覗いていたアオイが返事をしてきた。どうやら符号とやらが合致して彼女が探していたものらしいと分かったのだ。
「そうか……」
突然、くぐもった音が室内に響き、机に有った外付けハードディスクに穴が空いていく。やがて、様々な細かい部品を撒き散らしながら床に落ちていった。
「ちょっと何をするのよ!」
いきなりの行為にアオイがディミトリに向かって抗議した。折角、忍び込んで目当てのものを探しだしたのに目の前で破壊されたので当たり前であろう。
「コレで他のディミトリが作られる事が出来なくなっただろ?」
そう言って、ディミトリは不敵な笑いを浮かべた。元より、そのつもりだったのだ。
百億ドルの金の事は、自分だけが知っていれば良い。他人にお宝を渡すつもりなど無かったのだ。
「ふっ、今の出来事を剣崎に報告するんだな」
ディミトリはアオイを剣崎の部下であると睨んでいる。もちろん、中国系マフィアの線もあるが、今となってはどちらでも良い。
肝心なのはディミトリを、簡単に複製出来なくなったと知って貰うことだ。
ディミトリは中国系のジャンが焦りだしたのは自分の複製が現れたせいだと考えていた。
そして、それは日本以外の国で実現されたに違いないと見ていた。剣崎はそれを知ったので自分を追い出すために接触を図ったのだと推測したのだ。
「アンタを殺すのは次に逢った時だ」
それだけを言うとディミトリは部屋を出て行った。もちろん、アオイを始末しても良かったが、アオイの立場が分からなかった。もし、覆面捜査の警察官である場合には面倒な事になる。警官殺しは優先順位の高い事案になってしまうからだ。
それに自分は外国に飛ぶつもりなので、ここで騒動を起こすのは得策では無いとの考えもあったのだった。
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