第80話 手駒の思惑

自宅。


 ディミトリは病院から帰宅してから部屋に籠もったままだった。

 ベッドに転がって天井を睨みつけながらこれからの事を考えていた。

 先日の剣崎とのやり取りで気になったことがあったのだ。


 一番はヘリコプターを操縦する姿を撮影されていた事だ。

 これは、常に張り付きで見張られていた事を示している。きっと、ジャンの倉庫に連れ込まれてひと暴れしたのも知っているのだろう。


『人を撃った銃をいつまでも持っているもんじゃないよ』


 剣崎はそう言ってディミトリが持つ銃を持っていった。


(そう言えば、あれって弾が残っていなかったじゃないか……)


 鞄の底から銃を見つけた時に、弾倉を確認していたのを思い出していた。その後、剣崎がもったいぶって登場したのだ。

 あれは狙撃手が銃を手に持ったのを確認していたのだろう。つまり、ディミトリが銃と弾倉を触ったのを監視していたのだ。


(指紋付きの銃を持っていかれたんじゃ言い訳が出来ねぇじゃねぇか……)


 恐らく、倉庫からジャンの手下の遺体を回収済みだろう。遺体の幾つかはあの銃で撃ったものだ。線条痕と指紋付きの銃を持っていかれたらディミトリが犯人だと証明できてしまう。


(こっちの弱みを握って何をさせるするつもりなんだよ……)


 剣崎は『公安警察』だと言っていた。自分の知識の範囲内では『日本の諜報機関』との認識だった。


(俺の家を見張っていたのも剣崎だったのかも知れないな……)


 オレオレ詐欺グループのアジトを襲った時に、何故か警察のガサ入れが有った。あれは剣崎の指示でやらせたのかも知れない。

 それにパチンコ店の駐車場で暴れた時も、店の防犯カメラがディミトリを映していないも不思議だった。それも、剣崎が『故障』させた可能性が高い。ディミトリの存在を秘匿して置きたいのだろう。


(金には興味無さげだったな……)


 何度目かの寝返りをうって剣崎との会話を思い出していた。一兆円の金を『端金』と言っていた。

 本心かどうかは不明だが、普通の奴とは違う考えを持っているようだ。


(まあ、確かに人を殺めるのに躊躇いが無い奴は、手駒にしておくと便利だわな……)


 便利な使い捨ての駒が手に入ったと剣崎は考えているのかも知れない。


(今どき殺し屋でも無いだろうに……)


 どっちにしろ、まともに扱われるとは思えない。


(人の目を気にしながら歩きたく無いもんだな……)


 今まで、ひとりで気楽に生きてきた。誰かに綱を付けられて引き釣り回されるのはまっぴらごめんだ。


「……」


 相手を馬鹿にしたような剣崎のニヤけ顔が記憶の底から蘇ってくる。


「……」


 ディミトリは歯をギリギリとさせ憤怒していた。彼が一番嫌いなシチュエーションだからだ。


(あれは相手の命運を握っていると思い込んでいる特有の顔つきだ……)


 もちろん、自分の思い込みである事は分かっているつもりだ。だが、兎に角気に入らない態度であるのは確かだ。


「冗談じゃねぇよ!」


 おもむろにディミトリは起き上がり、スマートフォンを手にとって電話を掛けた。何回かのコールで相手は出る。


『リンさん……』


 電話を掛けた相手は林克良(リン・ケリアン)だ。


『お願いがあるんだが……』


 彼は中国東北地方に黒社会の頭領だ。

 表の顔は日本からの輸入品販売だ。だが、彼は非合法な商品も扱っても居る。


『ワカモリさん。 どうしましたか?』

『急で申し訳ないけど、偽造パスポートを都合して貰えないか?』


『ワカモリさんは日本人ですから、日本のパスポートをお持ちになった方が色々と捗りますよ?』


 日本のパスポートの信頼度は高い。他の国のパスポートでは入国管理の時に念入りに質問されるが、日本のパスポートの場合には簡単な質問のみの場合が多いのだ。

 スネに傷を持つ犯罪者たちには垂涎の的なのだ。


『ワカモリのパスポートは使えないんですよ』

『え?』

『色々な方面に人気者なんでね』

『確かに……』


 ケリアンが苦笑を漏らしていた。ディミトリが言う人気者の意味を良く知っているからだ。


『分かりました。 少しお時間をください』

『どの位かかりますか?』

『一ヶ月……』


 ディミトリが依頼しているのは偽造パスポートだ。作成するには色々と下準備が必要なものだ。それには時間もお金もかかる物なのだ。


『もう少し早くお願いします。 厄介な所に目を付けられているんですよ』

『警察ですか?』

『公安の方ですね』

『分かりました……』


 中国にも公安警察は存在する。そこは欧米などの諜報機関に相当する部署だ。ディミトリが傭兵だった時にも、噂話は良く耳にしていたものだ。

 荒っぽい仕事をするので海外での評判は悪かったのだ。


 日本には諜報機関は存在しない事になっている。だが、日本の公安警察がそれに相当する組織と見なされていた。

 もっとも、国内に居る犯罪組織や日本に敵対する組織の監視が主な任務で、海外の諜報機関のように非合法活動で工作などしたりはしない事にはなっている。だが、表があれば裏が有るように、ディミトリはそんな話は信用していなかった。


 ディミトリが『公安警察』に目を付けられていると聞いたケリアンは、ディミトリが急ぐ理由が分かったようだった。


『では、二週間位見ておいてください』


 少し考えていたのか間をあけてケイアンが返事してきた。

 偽造パスポートが出来たら部下に届けさせるとも言っていた。ケリアンは香港に居るらしい。日本国内だと身の危険を感じるのだそうだ。


『しかし、人気者だとしたら日本から出国する際に、身元の照会でバレるかも知れませんよ?』


 日本には顔認証による人物照会を行うシステムがある。これは偽造パスポート防止用に使われているのだ。


『一度、沖縄に行って漁船を使って台湾に密航しようと考えてます』


 もちろん、海上保安庁の取り締まりも厳しい場所だが、モロモフ号の密輸方法を使って密航しよう考えていた。つまり、船底に隠し部屋を作って中に潜んでおく方法だ。

 これなら直ぐにはバレ難いはずだと考えていたのだ。相手の船はこれから探そうとしていた。


『はあ、では台湾からの出国になるのですか?』

『台湾から香港。 それから中東に向かえば何とかなるかもしれないと考えてます』

『分かりました。 沖縄から先の手配は私がしましょう…… 何しろ娘の恩人ですからね』

『はい、お願いします』


 少し日本ではしゃぎ過ぎたと考えたディミトリは、海外への脱出を考え始めたのだった。



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