第52話 踊る坂道

隣町。


「ちょっ、マテヨ!」


 いきなりの展開でディミトリは慌てていた。目の前でアオイに繋がる手がかりが拐われてしまったのだ。


「逃がすかっ!」


 追いつく可能性が無いのに走り出してしまったのだ。逃げる物を追いかけるのはハンターの習性であろう。

 だが、冷静に成ってみればアオイの携帯電話には、位置情報発信アプリを仕込んである。別に慌てなくても良かったのだ。

 しかし、急な出来事ですっかり失念してしまっていた。


 車は傾斜地特有のクネクネとした道で下っていこうとしていた。


「くそっ! まてーーーっ!」


 ディミトリは後を追いかけるが、人の足で追いつけるものでは無い。みるみる内に差が開いてしまう。

 ふと見るとキックボードが棄てられていた。細長い板状の台にちっこいタイヤが付いた子供用の玩具だ。片足で地面を蹴りながら進んでいくようになっている。


(よしっ! コイツを使って追い駆けるっ!)


 ディミトリはキックボードを片足で漕ぎ始めた。坂の上であるのでキックボードはみるみるうちに速度を上げていく。

 カーブに差し掛かると車は安全のために減速せざるを得ない。しかし、ディミトリは減速をせずにカーブに突入していった。キックボードにはブレーキが付いていないのだ。

 ディミトリは身体を地面スレスレに傾けてキックボードを制御している。


(こっちの方が小回りは有利だぜ!)


 しかし、直線になると車が有利だ。アッという間引き離される。ディミトリは必死に地面を蹴って走らせた。


「何だ?」

「何が?」

「後ろから変なのが追いかけてきている……」


 車内に居た全員が後ろを振り返った。すると、車に追いつこうとしている少年の姿が目に入った。

 アカリには少年がディミトリであると直ぐに分かった。


(え? どうして若松くんが居るの?)


 不思議な事に唖然としていたが、車内の男たちには知り合いだとは教えずにいた。車には運転手の他には一人いる。

 二人共、ディミトリの事は知らないようなので、教える必要は無いと考えたのだ。


「あれって子供用の奴だよな…… キックボード?」

「だよな?」


 全員が注視していると、ディミトリはカーブを器用に曲がってきている。


「何てヤツだっ! カーブをカウンターを充てながらキックボードで曲がって来やがった!」


 アカリの隣にいた男が変な関心をしていた。


「おおお! 無駄にスゲェー奴!」


 サイドミラーに写るディミトリを見ながら運転手は叫んだ。アカリもハラハラしながらディミトリを見ている。


「何なんだ! アイツはっ!」


 運転手がサイドミラーに写るディミトリを見ながらつぶやいた。カーブの度に車に追いつきそうになっているからだ。

 ディミトリは追いつけそうになると車に手を伸ばして掴もうとするが、その度に車は加速して引き離す。


「あれって、おまえの彼氏?」


 先程の男が隣に居たアカリにささやいた。アカリは慌てて首を振った。

 いくら傾斜地とは言え、乗用車に玩具みたいなもので追いついて来る男に全員が飽きれていた。

 再びカーブに差し掛かって車は減速した。ディミトリはタイミングを逃さずに車の後部に手を掛ける事に成功した。


(これを手繰って車に乗り込めば……)


 しかし、車は再び加速をした。キックボードの車輪がガタガタ言い出しているような気がし始めた。


「ええいっ! しつこいなっ!!」


 運転手は車を左右に振って手を剥そうとする。何度目かの試みで車は手を剥すのに成功してしまった。


(ああ…… もう直ぐ坂道が終わる…… そうだっ!)


 ディミトリは足でブレーキを掛けるように踏ん張り無理やり方向転換した。

 丘には上り下りするのに便利なように、住人用に階段が付いているのだ。

 車道だとかなりの距離を移動しないといけないが、階段は直線なので距離が稼げるのだ。そこをディミトリはキックボードで一気に駆け下りていった。


「ぬうおおおぉぉぉっ!」


 眼下に街並みが一望できた。眺めは良いが階段をキックボードで降りるのには不向きなのは確かだった。


「あがあがあが……」


 階段を下りる衝撃で振動がディミトリを襲う。だが、階段を猛スピードで降りながらふと気付いた事がある。


(で…… 追い付いてどうする?)


 追いかけるのに夢中で停止させる方法を考えていなかった。


(ヤバイヤバイヤバイ)


 もう直ぐ坂道が終わってしまう。此処で逃がすと二度とアカリに会えないのは間違い無い。

 ディミトリは銃撃を行う事に決めた。人目を気にしている場合では無いようだ。


ガンッ


 その時、縁石にぶつかった衝撃でキックボードが跳ね上がってしまった。


「うおおおぉぉぉっ!」


 ディミトリはカーブミラーの支持棒を掴み、回転を利用してキックボードを車に向かってはじき出した。

 キックボード本体で車の運転席側を狙ったのだ。

 少しでも速度を緩めてくれれば銃を取り出す時間が稼げる。そう考えたのだ。


「うぉわっ!」


 車の中で男たちが一斉に叫んだ。変な少年が追いかけて来たばかりか、キックボードを蹴り出して空中を飛ばして来たのだ。

 誰でもビックリしてしまう。


ガキンッ


 だが、ほんの少しタイミングが早かったようだ。それと斜めにぶつかってしまったせいもある。

 キックボードは車のフロントガラスに、少しだけぶつかったが弾き返されてしまった。


「危なかった……」


 車の男たちは束の間ホッと胸を撫でおろした。大した影響が無かったからだ。

 そして、そのまま車はアカリを載せたまま走り去ろうとした。


 だが、運の悪い事に大型トラックがバックで出ててきた。

 アカリを載せた車の運転手は、キックボードに気を取られて他所見していたのだ。


「あっ!」


 車はトラックを避けることが出来ず、荷台に激突してしまい停車した。急ブレーキを掛けたが間に合わなかったのだ。


(チャンスっ!)


 車が停車したので追いつけると喜んだディミトリは再び走り出した。

 そして、車の元に駆けつけたディミトリは車を覗き込んだ。運転手はハンドルに突っ伏したままだ。アカリと一緒に居る男は気を失っているらしい。

 サイドドアを開けてアカリを助け起こした。


「さあ、今の内に逃げるよ!」


 アカリは前の座席に頭をぶつけたのかフラフラしている。そんな、アカリの手を引いて走り出そうとしていた。

 すると、大型トラックの向こう側に白いワンボックスカーが停まるのが見えた。


(事故を見て救急車を呼ぶつもりか?)


 ここで、警察が駆けつけてくるのはまっぴらごめんだった。ディミトリはアカリを手を引いて反対側の方に逃げ出そうとしていた。

 すると、白いワンボックスカーのサイドドアが開いて、中から男たちが降りてきた。どいつもこいつも面相がよろしく無い。


「!」


 ディミトリは降りてきた男たちが、手に銃を持っているのを見逃さなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る