第53話 玩具の限界
隣町の丘の下。
白い車から降りてきた男たちが銃を構え始めた。それと同時にトラックの助手席側のドアが開き男が降りてくる。
(こいつら全員グルなのかっ!)
ビュッ!
トラックから降りてきた男に最初の銃弾を送り込む。男は腹に衝撃を受けて後ろに倒れ込んだ。
サプレッサーの防音材が共振しているのか妙な音が響いた。
「當心,拿著槍(気を付けろ、銃を持っているぞ)」
「轉到對面放入,轉擁擠到對面(向こうに回り込め、向こうに回り込め)」
白い車の男たちの方から怒鳴り声が聞こえる。中国語なのは聞いただけでディミトリには分かった。
(中華系の連中か!)
妙に大人しいと思っていたが、このチャンスを窺っていたのであろう。
彼らはディミトリが銃を持っているのを知っているはずだからだ。
ビュッ!ビュッ!
トラックの荷台越しに男たちに二発発射した。一発は車に、もう一発は地面に当たった。男たちは慌てて車に隠れる。
当たらなくても良い、牽制して逃走する時間を稼ぎたかっただけなのだ。
「走って!」
ディミトリはアカリの襟首を掴んで先を急がせた。
アカリは訳が分からなかった。普通に歩いていたら、変な男たちに車に押し込められた。これだけでも大事なのに、次は見知らぬ男同士が銃撃戦をしている。
しかも、横にはディミトリが銃を片手に応戦しているのだ。戸惑わない方がおかしい。
(荒っぽい仕事が好きな連中だな……)
ビュビュビュッ!ポンッ!
男たちが再び車の影から出てこようとしたので再度連射した。しかし、最後の弾で異音が聞こえてしまった。
(くそっ! サプレッサーがいかれちまったか……)
ディミトリはサプレッサーの穴塞ぎ用のゴムが駄目になったのだと悟った。
(連射に向いてないのは分かっていたけどな……)
サプレッサーには銃弾を通すために穴が貫通しているが、防音効果を高めるために硬質ゴムで蓋をしてある。ドアの様に銃弾が通過した後に塞がるようにしてあるのだ。
だが、発射薬の強力な火力でゴムが徐々に駄目になる。段々と音が漏れるようになってしまうのだ。これがサプレッサーに寿命があると言われる所以だ。
ディミトリの自作のサプレッサーは、このゴムの材質が拙かったようだ。初めての試作だから仕方が無かったのかも知れない。
ポンッ!
違う男が顔を出したので威嚇用に一発撃つが異音はしたままだ。男は肩に銃弾を受けてひっくり返ってしまった。
(くそっ!)
たった、五発で機能しなくなってしまった。やはり、自作品では無理があったようだ。
ディミトリは後ろ向きのまま射撃しながら進んでいく。その先にはアカリがフラフラしながら走っていた。
兎に角、彼らを近づけさせないように、一人で弾幕を張るような射撃していた。
(まあ、良いや…… 最初の何発かに有効ならそれで良し!)
ディミトリは呑気に自作の玩具評価をしていたが、実は内心では焦っていた。
今日はアオイを脅すだけのつもりだったので、弾をそんなに持ってきていなかったのだ。
通りを曲がると車に乗り込もうとしていた若い男がいた。
「どけ!」
ディミトリは銃で丁寧に頼んで車を借りた。
彼は大人しくキーを渡してくれる。銃を持った小僧とフラフラしながら歩いている若い女性の妙なカップルに怯えたのもある。
ディミトリは運転席に乗り込むと自分で運転を始めた。アカリが落ち着いたら替わってもらうつもりなのだ。
「あの……」
暫く車を走らせているとアカリが運転するディミトリに話し掛けてきた。
ディミトリは盛んに後ろを気にしていた。追跡されているかも知れないからだ。今の所、追跡している車は無さそうだ。
「いや、礼ならいらないよ」
「若森くんはどうしてここに居るの?」
アカリは何故ディミトリが居るのかを知りたがった。
「俺を襲撃した連中を付けていたら君が居ただけさ……」
ディミトリは嘘を付いた。まあ、バレてしまうだろうがどうでも良い。
それよりディミトリには気になる事があった。
「奴らはどうして君を拐おうとしたの?」
「銃を振り回す生意気な中学生に用があるそうです」
「ちっ俺かい!」
「ええ……」
(くそっ、遠くから監視してやがったな……)
水野を始末した時に、廃工場を使ったのが拙かったのかも知れないとディミトリは思った。
そうでないとディミトリとアカリと一緒になっている所が無いからだった。
「じゃあ、君を餌に俺を誘き出そうとしているのか……」
「それも有るんですけど……」
「ん?」
「車の中で聞かされたんですが……」
「なにを?」
「姉があの人達と一緒に居るそうなんです」
「え……」
どうやら、アオイは襲撃してきた中華系の連中とは、違う奴らに捕まってしまっているらしい。恐らくはロシア系の連中だろう。
つまりロシア系と中華系は睨んだ通りに敵対しているのだ。それで、今まで何もして来なかったのだろうと推測した。
(自宅に来ないのは黒い不審車が居座っているからだな……)
これで彼らの組織同士の対立図が見えてきた。
黒い不審車は警察関係なのだろう。そうで無ければ、あの無頼な連中が手控えるはずが無い。
後は黒い不審車がどこに属しているのかを調べれば、連中の対立構造を利用して出し抜けるはずだ。
(さあ、次はどうやってアオイを奪い返すかだな……)
ディミトリは巧みに火の粉を避けたつもりだったが、大火事の中に飛び込んでしまったようだ。
彼は車を運転しながら深い溜め息を付いたのだった。
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