第32話 嘘つきの目

大串の自宅前。


 武器を捨てられてしまったディミトリは気を取り直して大串の家に向かった。


(クソッ! せめて拳銃だけでも無事だったら良かったんだが……)


 他にも減音器も捨てられていた。玩具の銃は壁に飾ってあるので、それと一緒に飾っておけば良かったと後悔している。

 銃弾は別に保管していたので無事だ。筒状のパイプでも有れば単発式の発射装置が作れるが、工作している暇が無かった。

 単純に筒に弾を詰めて、釘か何かで雷管をひっぱたけば良さそうだがそうは簡単にはいかない。

 銃弾を固定してやらないと暴発して自身も怪我をするからだ。最低でも薬室を作ってやらないと駄目なのだ。


 手持ちの武器らしい武器は自作のスタンガンとスリングショットぐらいだ。これでは心許ない。


(致命傷は無理でも牽制には使える程度だな……)


 無くなった物を惜しんでも手元には帰ってこない。それより目の前の問題をどうするかの方が大事だ。

 しかし、ディミトリの少なくない経験から、ケチが付いた作戦は中止するべきとの教訓もある。


(確かに中断するべきだが……)


 何よりディミトリには気になる点があったのだ。


(何故、俺を指名したんだ?)


 取引自体がディミトリを誘き寄せる罠であるのは分かった。だが、何故面倒な真似をしてまで罠に嵌めるのかが謎だ。

 それは罠を張った連中を確かめる必要を示唆している。


(あの連中が罠なんて面倒な手間をかけるとは思えないんだがな……)


 あの連中とは鏑木医師を殺害した連中だ。中国語を話していたと思うので中国系と思っていた。

 不思議なことに連中は、日数が経過しているにも関わらず手を出してこない。

 鏑木医師の事を知っているのなら、ディミトリの事も知っているはずだ。


 自分たちの存在が知られたと判明した時点で、自分なら対象の身柄を押さえる。逃げられてしまったら困るからだ。

 だが、彼らはそうはしない。銃を持って襲撃するような連中だ。荒っぽい仕事には慣れているはずなのにだ。


 これは何を意味するのか?


 ディミトリには四六時中見張りに付いている連中がいる。その彼らの前で仕事を嫌がっていると捉えていた。

 そして、今回の連中は面倒な罠を用意している。これは自分を見張っている連中とも違う事を示唆しているはず。


(つまり、今回の罠を張った連中は俺を監視している連中とも、鏑木医師を殺害した連中とも連携していない)


 連携していないということは、お互いを牽制しあっていると考えるのが普通だ。

 今回の罠を張った連中は違うグループの可能性があるのだ。

 最低でも三つのグループが自分の去就を監視しているらしい。


(へへへ…… 人気者は辛いねぇ~)


 ディミトリは自転車を漕ぎながら薄ら笑いを浮かべてしまっていた。笑うような状況では無いが他に気持ちの持っていきようが無かったせいだ。


(どうせなら、オッパイのデカイ姉ちゃんに人気者になりたいモノだぜ……)


 そんな軽口とは別にディミトリの心は深く沈んでいった。問題が解決するどころか増えているからだ。


 大串の家に約束の時間よりも早く到着した。しばらく観察して何か動きがないか監視する為だ。

 三十分程何か動きがないか見ていたが、人の出入りする気配が無い。やがて、約束の時間になると大串が家の前に出てきて通りを見回していた。ディミトリの到着を待っているのであろう。

 ディミトリは自転車を道路の端に止めた。大串の自宅に入れないのは信用してないからだ。


「よお、大串…… 来たぜ……」


 ディミトリは大串に声を掛けた。


 大串はディミトリが、取引が罠であると知っているとは気づいていない。なので悟られないようにしなければ成らなかった。

 なるべく悠然としているかのように、ゆっくりと歩き大串の前までやって来た。


「おお、待ってたぜ」


 大串は似合いそうも無い愛想笑いを浮かべている。彼らに特有の取って付けたような笑顔だ。

 どんなに取り繕っても目が怯えているのが嘘つきの目だ。

 こういう手合に何度も煮え湯を飲まされたディミトリには分かるのだ。


「どうやって現場まで行くんだ?」


 ディミトリは大串が一人きりだったので尋ねてみた。子分の田口が一緒だと思っていたのだ。


「あの車で移動する……」


 大串がそう言うと、家の横道に停まっている一台のSUVを指し示した。窓にスモークが貼られている胡散臭そうな車が居る。

 ディミトリたちが近づくとサイドドアが開いた。二入は黙って中に入っていった。


「どうも!」


 運転するのは田口の兄貴だと言っていた。手首やら喉首やらに入れ墨が入ってるのが見える。

 大串に聞いた話では暴力団員では無いらしい。この国では半グレと呼ばれる種類なのだそうだ。

 田口は助手席でニヤニヤしている。コイツは何を考えているのか今一つ分からなかった。


「じゃあ、行こうか……」

「ああ……」


 そう返事すると同時に車は発進した。車内では大串と田口が軽口を言い合っている。

 険呑な雰囲気を宿したまま車は走り続け、邪悪な蛇が口を開けて待っている場所にディミトリを運んでいった。


(食い破って見せるさ……)


 ディミトリは不敵に笑ってみせた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る