第33話 蛇悪な眼付

廃工場。


 田口の車から一人で降りて工場の方に歩いていく。午前中と違うのは工場の敷地に入るガードは開けられているぐらいだ。

 工場の正面にあるシャッターの脇に普通のドアがある。

 ディミトリはノックすること無くドアノブを回して中に入っていった。それと同時にポケットに入っているレーザーポインターのスイッチも入れた。


 工場の入口から中に入り、歩きだして五秒ほどで周囲の視線に気付いた。刺すような視線。猛獣が獲物を見定めるかのような視線という類のモノだ。


(見張られているな……)


 殺意の視線。それは、かつて戦場でスナイパーに狙われた時の感覚に似ている。ねっとりとした感触が戦場を思い出させた。


(少なくとも四人はいるかな……)


 ディミトリに持つ全て感覚センサーがそう告げている。そして、全員を始末せよと言っているのだ。


(良いねぇ……)


 まるで『建物全体が捕食者』みたいな感覚。ディミトリの神経が研ぎ澄まされていく。


 工場の真ん中あたりに机が一つだけ置かれており。その前に男が一人座っていた。

 コイツが売人なのであろう。視線が泳いでいる癖に眼付がやたらと鋭かった。


「よお~……」


 売人は陽気を装って声を掛けてきた。まるで古くからの知り合いのようだった。


「金なら持ってきた。 女はどこだ?」


 ディミトリは懐から金の入っている封筒を見せた。二百万入っているので結構分厚い。

 男は工場の奥をチラリと見た。ディミトリが一緒に釣られて見ると金髪の女と顔中にピアスを付けた男が居る。

 女の腕を捕まえているところを見るとコイツも仲間なのだろう。


「女と引き換えだ……」


 売人は奥のピアスだらけの男を手招きした。男は女を連れてやってくる。

 この金髪女がカラオケ屋で擦れ違った女の子なのだろう。興味が無いので覚えてなどいない。


「ほらよ……」


 ピアスの男がぶっきら棒に女を離すと、ディミトリが持っている封筒を受け取った。

 そのまま、封筒を売人に渡すと、売人は中身を確認し始めた。ピアスの男は売人には目もくれずにディミトリを睨みつけている。

 女はディミトリの後ろで大人しく待っていた。


 金を数え終わった売人はニヤリと笑った。全額有ったようだ。


「ああ、金の確認は終わった……」

「そうかい。 じゃあ、女は連れて行くよ」


 それを聞いたディミトリは女を連れて帰ろうとした。


「まあ、ちょっと待てよ」

「?」

「金の話は終わった…… だがな、まだお前には別の用があるんだよ……」

「……」


 売人が呼び止めた。


(やっと本題を話す気に成ったか)


 ディミトリは、この男がどのくらい知っているのか興味があったのだ。


「俺の後輩が世話になったそうだな?」

「え?」

「お前さんが病院の傍で、俺の後輩を可愛がってくれたそうじゃねぇか……」

「は?」


 ディミトリは話が明後日の方向に向いて焦ってしまった。確かに弱っちい連中に絡まれた事はある。

 だが、これだけの用意周到な罠を張ってまで、仕返しされるような事だとは考えていなかったのだ。


「なんの事だ?」

「……」


 売人はディミトリが話に乗って来ないので、少しだけ焦れて来たようだ。顔が赤くなり始めている。


「お前は誰だ? ○☓△?!」


 ディミトリが黙っていると、売人が唐突に意味不明な言葉を喋りだした。薬のキメ過ぎで頭がイカれているのかも知れない。

 ジャンキーの特徴として普段は冷静なのだが、興奮すると自分で論理を組み立てることが出来なくなるのだ。

 だんだんと、口元に泡が溜まり始めてる。これもジャンキーに特有の症状の一つだ。

 街中でも戦場でも掃いて捨てる程見かけた。


「お前の後輩も知らんし、お前のことも知らない。 約束の金は渡したし帰らせて貰うぞ?」


 何だか、話が取り留めが無くなりつつあるとディミトリは考え始めた。

 何より訳分からん奴と話をするのは時間の無駄だからだ。


「まだだって言ってるだろ!」

「……」

「お前は眼付が気に入らねぇんだよ……」

「……」


 眼付が悪いのはお互い様だろうとディミトリは思った。


(話し合いは無理のようだな……)


 しばし、売人と睨み合ったディミトリは時間の無駄だと結論づけた。


「ふっ……」


 ディミトリが不敵にため息を付く。売人は何故かムッとしている。馬鹿にされたと思ったのだろう。

 それは正解だ。訳の分からないジャンキーなんか相手にしても疲れるだけだからだ。


「お前みたいなチンピラに用は無い……」


 ディミトリは工場の薄暗い二階部分を見上げたながら呟いた。

 天井からの照明のせいか奥の方までは良くは見渡せない。


「アンタの差し金か?」


 ディミトリは二階に向かって声を掛けた。かなり大きめの声を出したつもりだった。


「随分と察しが良い小僧じゃねぇか」


 暫くすると、二階から一人の男が顔見せた。髪は短髪で顔には刃傷らしき物が付いている。

 全身黒ずくめで見るからに暴力団風だ。ニヤニヤとしながら階段を降りてくる。だが、目は笑っていなかった。


(コイツが罠を仕掛けた本人か……)


 ディミトリの目が深く沈んでいく。臨戦態勢を整え始めたのだ。


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