第5話 幽霊とも妖怪とも言えない異界生物?

あなたは「お化け」と聞いて一番最初に思い浮かべたのは、どんな姿形だろうか。


闇夜に浮遊する無数の人魂?

現世に恨みつらみの怨嗟を吐き出す、黒い長髪の白装束を纏った女性の姿をした目の濁った悪霊?

それとも小豆を洗う変なオジサン、または人を小馬鹿にするように舌を出した一つ目一本足の唐傘?


一口に「お化け」といえども、大抵は白い不定形のスライム、若しくは肉体なき死人が視認可できる形で顕れたもの、つまり幽霊。または妖怪や付喪神といった現象の擬人化や、日常生活に欠かせない品に魂が宿った化生という認識が強いことだろう。

かく言う自分も、とにかく理解できないおそろしさ、ホラーに属するものをお化けと一括にしていた。しかし、父親はそれを「否」と断じる。

そもそもお化けとは文字通り「化けて」出た者。

父親の認識の中では、妖怪や付喪神=「お化け」とし、死人や生霊といった人の念が自分にとってわかりやすい形状を伴って見えるように脳が変換・出力したのものを「霊」としている。

このエッセイでは、父親の基準に合わせて「お化け」と「霊」いうものを分けることにする。

死人が視認…可……いや、意図せずに親父ギャグになってしまったのは申し訳無い。



で、ここからがタイトルの本題となる。

「お化け」と「霊」、そのどちらにも当て嵌まらないのに自分しか見えていない「何か」も、また存在しているかもしれないと父親は言う。


ある休日の午後のことだった。

リビングのソファに寝転んでテレビを見ていた父親。突然、兆候も何もなしにピンと室内に変な違和感が張り詰めた気がした。幽霊とはまた異なる気配。何気なく後ろを振り向くと、父親は意外なものに目を丸くする。


それは、宙に浮遊する黒い立方体だった。

初めて目にした謎の物体。アメリカならUFOまたはエイリアンの調査飛行端末機などと話題に上がりそうだが、無機質で鈍い光沢を持つ黒い立方体がふよふよとただ浮いている、それだけだった。

数は、上から縦に並んだ大中小の3つ。それはくるくるとゆっくり回りながら、床から約2メートルの高さに浮いているだけ。特に人へ干渉するような素振りは全く見せない。

よく意識を集中すると、その立方体たちはゆっくりゆっくりと上昇していることがわかった。

好奇心旺盛な父親は、それが幽体といった類のものなのか実体を持つ得体のしれない物なのか、生命体なのか確かめたいという欲求に駆られた。当然だ。もしも自分だったら絶対触るもん。潰すもん。まっくろくろすけいたもん。

しかし、父親は触ることはしなかった。触ったら何が起こるか――どこへ連れて行かれるのか。

結局、その日の父親は黒い立方体が2階の天井へ消えていくのを見送っただけだった。


この出来事と似たようなものがまた再び現れたのは、その約半年後のことである。

時間はまた午後。前回と同じ、快晴の日にそれはリビングに出現した。

ふと感じた変な気配。気配のする方向へ目をやった父は思わず「は?」と声を漏らした。

リビングのテレビ、その目の前に突然どこからともなく飛んできた黒い揚羽蝶。揚羽蝶といえば、黒い揚羽蝶の代表とも言えるカラスアゲハなど羽根の模様はあるものだが、その揚羽蝶は、揚羽蝶の形をした黒い影そのものだったそうだ。

目を凝らしても、シルエットしか浮かび上がらない黒い蝶。

人に気づいてないのか、蝶は羽根をひらひらとさせ舞うだけ。もちろん、窓も扉も戸締まりはきちんとしているので、手のひらサイズの大きな虫が入ってこれるはずがないのだが。

30分も満たないうちに、蝶はテレビが背にした壁に吸い込まれて消えてしまったそうな。

断っておくが父は霊と幻覚の区別ができる(過去エピソードを参照)ので、今回のは確実に幻覚ではないそうだ。

しかし、霊でもない。霊の気配や神霊の気配とも異なる変な気配。

仮に霊だとしても、あのような姿形をとって現れたのは初めてだったという。


そこで、父はある仮説を考えた。


父は感覚的に、この世の空間は層で成り立っており同時に存在している、と感じている。

あの世の世界も、この世も、天国地獄も妖怪世界も、普段はカーテンがあるため見えないだけですぐ側にある。波長があったその時、カーテンが開けられて互いが認識・干渉可能になるのだとか。


六道輪廻というものがある。

資料によって異なるものの、大抵は人界、餓鬼道、修羅道、地獄道、畜生道、そして極楽道の6つの道を輪廻して解脱を最終地点とする考え方だ。

これらは、あの世であってこの世であるとされる。あの世は死後の魂が行き着く世界でもあるが、今、我々が存在しているこの世もまたあの世であるのだとか。

宗教哲学は沼ると抜け出せないのが常なので、一先ずさておき。


今回、話題に挙げた黒い立方体と揚羽蝶モドキ。

これらもまた、霊や妖怪、そして我々生者の世界ではなく、異なる世界の生物が、たまたまカーテンの向こうから来たのだと父は考えた。

昨今流行りとなっている異世界転生ジャンル。

……現実に、異世界があったとして。そして、異世界に生きている者たちがいた場合。もしかしたら、こういった奇妙で不気味な、不思議な生物たちなのかもしれない。

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零感の自分が聞いた霊感のある家族の心霊体験談 渡利 @wtr_rander

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