第2話 意外と神話は我々の側に(前編)

 この時期になると、ある冬の出来事を思い出す。


 今年も残りわずか。早いものだが、なんともまあ、とてもあっという間だった。

 年末の先には年始―――そう、初詣。

 渡利の家では毎年、地元の神社へ初詣に向かうのだが…。これにも不思議な心霊エピソードがある。

 しかし、この初詣エピソードに向かうまでに少し途中の不思議エピソードもあるのでせっかくだから前編後編と分けていきたいと思う。

 この話の主人公は、我が父。この心霊体験エッセイのメインとも言える彼の身に起こった不思議な、誰にも共有することのできない男の世界の話だ。


―――父には霊感がある。

 よくある「視える人」、ということだ。視るだけでなく波長が合えば聞こえたり触られたりなんだりあるらしいが、父のこれまでの経験のほとんどは「視る」を占めている。

 これから書いていくのは、父が精神的に衰弱、及び命の危機を感じたエピソードだ。

 

 とある秋の夕方のことだった。帰宅した渡利がリビングへ向かうと、同じく仕事から帰った父がダイニングテーブルで頭を抱えて項垂れていた。仕事の内容が内容なだけに心配した渡利は声をかけた。

 顔を上げた父親は、あまり見たことがないしんどそうな表情で打ち明けてくれた。


 仕事で山へ登ることになった父親。その日は、始まりからして違和感に満ちていたらしかった。

 仕事の詳細は割愛する。まあ猟師に近い仕事だと言おう。

 父親は山へ入る前に、山の持ち主のお宅へ伺った。しかし、いつも懐いて元気に挨拶してくれるワンコたちがものすごい剣幕で威嚇してくる。歯も剥き出し。犬好きの父親はションボリ。とりあえず、おやつだけお渡ししてきた。

 普段は大人しく誰にでも人懐こいため番犬にならんと笑っていた地主である飼い主の方もこれには首をひねっていた。

 次に父親を困らせたのは野良猫だった。歩けば歩くほど野良猫たちが擦り寄り、行き先を阻む。

「この先に行くな」とでも言うように、もうとにかく道を進めば進むほど猫が足にまとわりつく。猫好きの父親は突然のモテ期に戸惑いつつ「ごめんね」と猫たちに声をかけ、さらに進む……が、新しい顔の猫たちがやはり道を塞ぐ。

 猫たちの制止を振り切ると、父親はあらかじめ停めていた白の軽トラに乗って山道を登る。

 お約束というかなんというか、犬、そして猫と来て次に来るものはまさかのネズミだった。


 かろうじて舗装され道として機能している山の道路に転がる、おびただしい数のネズミの死骸。当然、左右は崖なので避けるにも避けられないためネズミの骸を轢きながら目的地まで向かう他なかった父親は、さらに奇妙な体験をすることになる。


 山の中腹には、荒れ果てた廃墟があった。以前から地元でホラースポットとして有名であったその廃墟をたまたま通らねばならなかった父親は不幸としか言いようが無い。

 側を通りかかると、廃墟の方から金色の光が目に入った。

 不思議に思った父親はトラックを降り、廃墟を注視する。廃墟の中―――和風家屋の朽ちかけた障子の隙間から、何かが光っている。ちなみに父親は視力が3.0で8メートル先の電柱の文字なら難なく読める変態だ。

 発光する謎の正体を視認してしまった瞬間。

 父親は鳥肌が総立ちになり、金縛りに遭ってしまう。

 朝焼けの光が鏡か何かに反射したのでもなく、廃墟を居住とする野生動物の眼でもない。

 なぜなら、その正体はあちらから晒してくれたのだから。


 勢いよく開け放たれた引き戸に、父親は恐怖で泣きたくなった。

 開放された戸の向こうには、大きな大黒柱。そして、その柱には綺麗な弊串が飾ってあった。

 父以外には、人間は誰もいない。

―――戸を開けた人物の影一つないのが、よりその不気味さを際立たせる。

 金色の光の正体は弊串だった。だが、綺麗な金色の光は悪意とも呼べぬ恐ろしい威圧感に満ち満ちており、まず逃げるために父親は必死に金縛りを解くことを優先する。

 孔雀王のファンだった父親はとりあえず不動明王火界呪を唱えまくる。

 孔雀王面白いよね。ちなみに渡利は阿修羅が好きだった。作者が亡くなってしまったのが悲しい。

 冷や汗は相変わらず止まらなかったものの、父親は印を結べるようになったし足も動けるように。

 しかし、唱えれば唱えるほど金色の光は強さを増していく。足元には数匹の蛇までも寄ってきた。あまりにも非現実的過ぎる状況に、この世のものではないものに対して父親は初めて命の危機を感じた。


―――もうだめかもしれない。


 父親は熊に出会してしまった場合の逃げ方のように、振り返らず不動明王火界呪を唱えながら軽トラまで後退る。そしてすぐに車へ乗ると、急発進してその場から逃げた。

 精神的にも限界だった。「逃げるのか?」と問いかけるように弊串の光が強くなっていくのも恐ろしかった。


 そうして帰宅した父親は、事のあらましを渡利に話したわけだ。


「どう思う?」


 どう思うって言われても…。こちとら零感なのに……。

 とりあえず、話の内容にいくつかファクターがあるのではと改めて状況をおさらいしていくと、とある神話に共通していることに気がついた。


―――ネズミの死骸。

―――蛇。

―――大黒柱。


―――そして、父親の乗ってきた軽トラ。


 当時、父親の軽トラは白く、助手席には熊よけの護身用短刀を置いてあったのだ。見つかれば銃刀法違反になるのかもしれないけど熊に人間の法律は通じないのでね……。


 渡利が気になったのは、このネズミと蛇と刀だった。

 日本神話において、冥府の神といえば大国主大神だ。大黒天だね、大黒柱の大黒だね。

 おまけにネズミは彼の眷属だし、蛇は嫁の眷属じゃなかったっけ…たぶん…。仏教なら大丈夫なんですけど神道は専門ではなかったので…。

 そして、彼と因縁のある神といえば武御雷だろう。日本神話に疎いのでうろ覚えなのだが、確か武御雷は白い船(説によりけり)に乗って天からやって来て大国主大神の息子とドッセイアッセイしたはず。そして、武御雷は「刀剣」の神でもある…はず。自信がないが。

 

 つまり、結論から言えばこれは「再演」だったのではないかなと。

 父親の行動とその日の条件がたまたま次々と神話の中の何者かによって役割を割り当てられたことによる「再演」に巻き込まれちゃったのでは?と。説明するのが難しいが伝われ。


 祭りで舞を舞って伝承を再現する、あれに近い何かの。


 廃墟の大黒柱は大黒天に、白い船と刀を持って山へ訪れた部外者の父親。差し詰め、ネズミの死骸や蛇たちは根の国の遣いであり、武御雷に蹂躙された大国主大神の息子たちの役割だったのかもしれない。猫と犬はもしかしたら巻き込まれそうになってる父親へ警告してくれていたのかもしれない。

 零感なためあくまで想像であり、かもしれないのオンパレードではあるが可能性が全く“無い”話では無いだろう。

 そんなことを話していくうちに、父親もだんだん笑顔が戻り気分が晴れたように見えた。

 霊感がない渡利には、父親が見る世界がわからない。

 だが、そんな恐ろしい未知のものに自分が「意味」を与えることによって、父の恐怖が緩和されたことが少し嬉しかった。

 父との世界は共有できなくても(ビビリなのでむしろ共有はしたくないが)、こうして不思議な話に考察と解釈を重ねて話し合っていくことに好奇心を刺激されたというか…ちょっとだけワクワクした。怖いもの見たさが一番怖いよね。

 ちなみに父は、もう二度とあそこは行きたくないと廃墟を訪れることも無くなった。


 廃墟の再演回はこれにて終わるが、この縁にはなんとまだ続きがあった。

 その話はまた今度に後編でダラダラと書いていこうと思う。

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