怖いのはどっちだ

 

 誘拐された未悠は広いテントの中に連れてこられていた。


 テントの中には豪華な家具が置かれており、如何にも王様な感じの人がふかふかの長椅子に座っていた。


「未悠よ」

「あ、王様」


 仮面を取ったアドルフの父がそこに居た。


 その顔はアドルフに似ていなくもないが、まあ、タモン様の方が似てるかな、という感じだ。


「先程ちょっと聞きそびれたことがあったのだが」

と言う王様に、


 いや、それで誘拐したんですか、息子の嫁を。


 素直に訊きたいことがあると言って来てくださいよと未悠は思っていたが。


 もしかしたら、王様が、

「そうだ。

 あの娘に訊きそびれたことがある」

と呟いたので、周りが気を利かせて自分をさらってきただけなのかもしれない、と思っていた。


 だとしたら、気の利く従者たちだな。


 私の周りにもアドルフ様の周りにもそんな人居ないが、と思う未悠に向かい、王は言った。


「先程、お前たちと一緒に湯に浸かっていた若い男、アドルフにそっくりであったが――」


「はい。

 御察しの通り、あれが塔の魔王、タモン様です」


「なんと、あの湯に浸かっておったのが、魔王か!」


 いや、湯に浸かっていた浸かっていたと繰り返すと、タモン様がすごくマヌケな感じになるので、やめてあげて欲しいのですが……と未悠が思ったとき、王が、


「……魔王?」

と呟き、眉をひそめた。


「あの男、つい最近まで、『塔の悪魔』と呼ばれていた気がするのだが」


「はい。

 つい最近、格上げされたんです。


 魔王の方が言いやすいし、インパクトがあるので」


 おおそうか、と王は頷く。


 あまり細かいことは気にしない人のようだった。


 このざっくりぼんやりなところは、アドルフ様にそっくりだな、と未悠は思っていた。


「魔王タモンはまだ起きているのか」


「はい。

 今回の目覚めは長いようで。


 あの、タモン様、起きたときには刺されて血まみれだったんですけど。


 王様、どなたがタモン様を刺したか、ご存知ないですか?」


「さあ、知らぬな。

 私でないことは確かだが」

と王はアドルフより四角い顎をしごいて言ったあとで、


「あの魔王になにかしようものなら、ユーリアとエリザベートが恐ろしいからな。


 知っておるか。

 この世でもっとも恐ろしいものは、女の集団であるぞ」

と言ってくる。


 その口調に、

 王様、私、女です、

と未悠は思っていた。


 なにやら、男同士の打ち明け話的な王のこそこそした話しっぷりを聞いていると、自分が王の中で、女性のくくりに入っていない気がしたからだ。


「それにしても、魔王は年をとらぬのだな。

 うらやましい限りだ」

とまるでタモンにすごい力があるかのように王は言うが。


 いやいや。

 あの人、ただ、毒を盛られたり、刺されたりしながら、寝てるだけの人ですよ、と未悠は思う。


 そこで肘かけで頬杖をつき、少し考えていた王は未悠に向かい、言ってきた。


「のう、未悠。

 アドルフは私には似ておらんと思わぬか」


「いえ、そっくりですよ」

「なに? どの辺がだ」


「いや、どの辺とは言えないんですが……」

と言うと、


「本当は思いつかぬのであろう」

とはなから懐疑的に聞いていた王は言う。


 いや、不敬に当たるからですよ、言えないのは。


 ぼんやり具合がそっくりですよ。


 そう未悠は思っていた。


「まあ、仮にアドルフが他の男の子どもであったとしても、私には可愛い息子だ。

 あれにそんな私の気持ちが伝わっているかはわからぬが」

と言う王に、未悠はハッキリ言った。


「伝わってません、まったく。


 王様。

 できるだけ早く、ご自分の口で、アドルフ様におっしゃってください」


 うん、そうか、と素直に頷いた王は言ってくる。


「ありがとう、未悠。

 アドルフにはお前のようなしっかりした嫁が合っているのやも知れんな。


 リコ殿」

と王は未悠の後ろを見た。


 えっ? リコ? と未悠が振り返るとテントの入り口にリコが立っていた。


「帰る道中、アドルフの花嫁を頼む」

と王に言われ、はい、とリコは頷き、頭を下げた。





 馬を貸してもらい、パカパカ帰りながら、未悠は言った。


「リコ様、ついてきてくださったんですね」


 未悠が、リコが乗ってきた未悠の馬に、リコが、王が貸してくれた馬に乗っていた。


「お前でも襲われるかもしれんだろ」

 そう素っ気なくリコは言う。


 貴方は昼夜問わず、肩をトラに襲われて食われてますけどね……と思ったが言わなかった。




「海野、戻ったのか」


 宿に未悠が戻ると、堂端がホッとした顔をする。


 あまり酒も進んでいなかったようだ。


 いや、他の連中が進みすぎなだけかもしれないが、とすっかり出来上がっている連中を見たあとで、未悠は、


 私の肉は……?


 あの美味しそうだけど、なんの肉だかわからない肉は?

と目で探したが、皿にはもうなかった。


 少し取っておいてくれてもいいのに、と思ったが、イラークが温かい方が美味しいだろうと、新しく焼いてくれているという。


 宿の裏に行くと、イラークが最初の肉より更に大きななにかの肉の丸焼きを棒をくるくる回しながら作っていた。


 大きすぎて、調理場では火にかけられないようだった。


 肉は焚き火の上で回っている。


「ちょうどいいところに来た未悠。

 お前たちに一番いいところをやるから、呑みながらでいいから、これを回せ」

とイラークに言われ、棒を持つよう指示された。


「俺がこれにつきっきりになっていると次の料理が出せんからな」


「あ、はいっ。

 了解ですっ」

と新たな料理が楽しみなこともあり、すぐに引き受け、未悠が言うと、


「未悠様、ビールです」

とヤンがビールの入った巨大マグカップを持ってきてくれ、リコがつまみを取ってきてくれる。


 二人はイラークを手伝いに戻っていってしまったが、未悠と堂端は、それらを美味しくいただきながら、くるくる肉を回した。


 何故、堂端まで此処に出てきたのかは知らないが。


「王様に誘拐されてたのか」


 肉を挟んで二人、大縄跳びのように息を合わせて、棒をくるくる回していると、堂端が訊いてきた。


「はあ、まだお話があったみたいで」

と未悠が言いかけたそのとき、バラバラッと数人の男たちが暗がりから転がるように出てきた。


「そっ、その肉を寄越せっ」

と見るからに盗賊っぽい男たちが剣を向けてくる。


 回すのを止めるとイラークに怒られそうなので、くるくる回しながら、未悠は堂端と話し合う。


「どうします?

 肉を寄越せとか言われてますが」


「まだ焼けてないだろう。

 だが、生焼けでいいのなら渡してやれ。


 俺はこいつらに抵抗できるすべなどないから。

 肉やお前を差し出して済む話なら、済ませたい」

と堂端は忌憚きたんのない意見を言ってくる。


「……私は要求されてませんよ、残念ながら」


 いや、残念ということもないが、この肉より、女としての自分の価値の方が低い気がして、ちょいと不愉快なり、と未悠は思っていた。


 そのとき、見るからに盗賊っぽい連中の腹が鳴った。


「本当にお腹空いてるみたいですよ、この野盗っぽい人たち」

と未悠が言うと、


「野党?」

と堂端が訊き返してくる。


「いや、その『やとう』ではないです。


 現実逃避しないでください、堂端さん。

 本物の山賊か野盗ですよ」

とまだくるくるしながら未悠が言うと、


「……こっちが現実というのが恐ろしいな」

と堂端は言ってくる。


「そういえば、堂端さん、将軍になるんじゃなかったんですか。

 やっつけちゃってくださいよ」


「いや、俺は参謀だ」


「参謀ならアイディアくださいよ。

 私は今、とてもお腹が空いていて。


 この野盗の連中を殴り殺しても、この肉が食べたいんです」

と未悠は言い、空いている方の手で、その辺にあった酒瓶をつかんで構えた。


 すると、野盗たちはめんどくさそうに言ってきた。


「なんで今日はこんな連中ばっかりだなんだ」

と。


「……こんな連中ばっかりって?」

と未悠は訊き返す。




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