わたし、探偵になります
今より少し前、未悠が一緒に庭を歩きたいと言ってきたので、アドルフは早くに仕事を終わらせ、いそいそと庭に出た。
だが、薔薇園の手前で待つ未悠は何故かヤンを従えていて、エリザベートの話などし始める。
「ともかく、エリザベート様が挙動不審なんですっ」
と未悠は訴えてくるが。
いや、お前に至っては、いつも挙動が不審なんだが……とアドルフは思っていた。
「……調べたいのか」
とアドルフが言うと、
「調べたいんです。
エリザベート様には此処に来てからずっと、お世話になりっぱなしなので。
なにか困ったことがあったら、お力になりたいですし」
と未悠は言ってくるのだが。
いや、それは逆に、世話になっている人間の秘密を暴き立てることになってしまうんじゃないのか、と思っていた。
だが、一生懸命訴えてくる未悠は可愛いらしい。
つい、まあ、いいか、という気分になっていた。
「しかし、お前が調べるのか?
誰かに頼んだらどうだ?
ラドミールとか」
と言うと、
「ラドミールですか?」
と未悠は眉をひそめる。
「私が頼みごとなどしたら、鼻で笑ってきそうです」
うむ。
残念ながら、俺も目に浮かぶな。
アドルフの頭の中でも、ラドミールは
『エリザベート様を調査ですか?
そんなこともできないんですか?
っていうか、この私に仕事を頼むとは、ずいぶんと偉くなられたものですねえ』
とか言って。
すると、未悠が気づいたように言ってくる。
「そうだ。
王子、この世界に探偵とか居ないのですか?
それか、興信所とか」
「なんだ、興信所って」
と訊くと、素行調査などを金で
「ないな。
そんなもの。
王室では、それは密偵のやる仕事だしな」
「スパイですか?
いや、そんな大仰な感じじゃなくてですね」
と少し考えたあとで、未悠は、
「そうだ。
私、この世界で、探偵になろうかな」
と言い出した。
「だって、私、此処に来てから、なんにも仕事してないのに、ご飯食べさせてもらって、ドレスまで着せてもらって。
なんだか申し訳ないですもんね」
「待て。
お前の仕事は、王子妃候補だ」
「……それ仕事なのですか?」
と言う未悠に、アドルフは顔を近づけ、
「いつまでも結婚しないから、候補のままなんだろうがっ」
と文句を言った。
未悠は、そうですねえ、と小首を傾げたあとで、
「就職活動で言うなら、内定のまま止まってる感じですよね」
とよくわからぬことを言う。
「でも、まだ兄妹かどうかはっきりしてな……」
「だからっ。
はっきりする前に、結婚して子どもを作って、立派な世継ぎを育てれば。
あれは、なんだか出生ははっきりしなかったが、立派な嫁だな、となって、勝てば官軍だ!」
「……いや、そんな先まではっきりさせないつもりなんですか?」
と未悠は苦笑いしている。
そんな未悠を見ていたヤンが小声で言ってきた。
「あのー、アドルフ様。
なにか未悠様に仕事をお与えにならないと、また暴走しますよ」
確かに……。
仕方がないな、と思ったアドルフは、未悠に命じた。
「じゃあ、わかった。
エリザベートの様子を探ってこい。
ラドミールにも協力するよう、私から言っておくから」
渋々そう言ったのだが、
「わあ、ありがとうございますっ、王子っ」
と未悠に抱きつかれ、固まる。
未悠は、すぐに
後ろから香ってくる薔薇の香りが、自分たちを祝福しているようだとまで思ってしまう。
未悠と出会う前の自分なら、阿呆かと鼻で笑うところだが――。
そんなアドルフの側で、走り去る未悠を見ながら、一抹の不安を覚えたようにヤンが言ってきた。
「よろしいんですか? アドルフ様」
「いいんだ。
エリザベート絡みなら、せいぜい城の中くらいしか動かないだろう」
っていうか、早く未悠を追って行け、と思う。
やはり、こいつではいまいち当てにならないか。
早くラドミールに言っておかねばな、と思いながら、アドルフは未悠の後を追うよう、ヤンを急かした。
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