胸騒ぎがするのです

 

「なにかこう、胸騒ぎがするのです」

とアドルフはユーリアに言った。


「……どんな?」


 普段、息子との付き合いはあまりない。


 放っておいてばかりの息子だから、こんなときくらい話を聞いてやろうと、夕食も此処に運ばせたのだが……。


 王妃となってからは、人目のないところでも、常に姿勢を崩さず、生きてきた。


 だが、今日はもう、グダグダだ。


 恋愛問題で煩悶する人間の話を延々と聞くことが、こんなに疲れることだとは……。


 ごめんね、と今更ながらに、古い友人たちに向け、謝った。


 かつて、自分も似たようなことをした覚えがあるからだ。


 そんなことを考えながらも、ユーリアは疲れたように、椅子に背を預け、言う。


「もういいじゃない。

 あんたは、タモン様の子どもってことで」


 はあ!? と言うアドルフに、

「未悠が王の子であったとしても、そしたら、あんたとは兄妹じゃないじゃない。

 はい、これで、終わり終わり」

と投げやりに言いながら、立ち上がると、


「なに言ってるんですかっ、母上っ」

とアドルフに腕をつかまれる。


 ユーリアはそんなアドルフを見上げ、

「あんたは王の子じゃないのよ。

 じゃあ、この国の後継ぎでもないわ。


 特に責任もないから、この国を出て、未悠を追っていってもいいんじゃないの?」

と言った。


 そういうていにして、もう行け、という意味で言ったのだ。


 いや、それでいいわけはないのだが……。


 だが、

「ありがとうございます、母上っ」

とアドルフは手を握ってくる。


 いや、だから、いいから行けとさっきから言っていたんだが、と思うが。


 アドルフなりに、責任ある立場なのに、軽はずみなことをしてはいけないと思っていたのだろう。


 王が居ない今、城を自分が守らねばならないと思っていただろうし。


「しばらく、私が城に居ます。

 いいから、行ってきなさい」

と言いながら、本当は思っていた。


 行けるものなら、私の方が行きたいかな、と。


 王に会いに。


 莫迦莫迦しいアドルフの言動を見ていて、ふと、昔を思い出したのだ。


 なんだかんだで、自分は王を選んだ。


 タモンも本当は王を好きだったのだろうと思っているようだ。


 真実はどうなのか。


 今でも自分の本心はよくわからないけど。


 今はちょっと、長く離れている夫と出会い、ゆっくり話してみたい気がしていた。


 ……未悠のことも、と思ったとき、申し訳程度にノックしたあと、ドアが跳ね開けられる。


「ユーリア!

 じゃなかったっ。


 王妃様っ。

 ちょっと来て見なさいよ、タモン様ったら」

とまた、なにかでタモンをやりこめたのか、エリザベートが笑いながら、言ってくる。


 なんか生き生きしてるわね、タモン様が目覚めてから……。


 かつて愛した男が起きてきた、というより、宿敵が起きてきた、という感じのはしゃぎようだ。


 エリザベートにとって、タモンは今や、自分を振り回して、青春時代を台無しにさせた宿敵というポジションのようだった。


「はいはい」

と言いながら、ユーリアは困った友のために立ち上がる。


 ……っていうか、あの人、いつまで起きてるんだろうな。


 今回の目覚めは長いようだ、と思っていた。





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