そういえば、誰がやったんだろうな……?




 主人を失った悪魔の塔に未悠は居た。


 乾いた血でパリパリになったシーツを見ながら、


 そういえば、結局、タモンを刺したのは誰なんだろうな? と思う。


 ……実は王様とか。


 妻の浮気を知って、タモンをぶすっ、と。


 いや、あの悪魔を殺すのなら、焼き殺して灰になるのまで見届けないと安心できないような。


 なにか腹立ち紛れに剣で刺したのだろう。


 ならば、女だな、と思った。


 タモンに対する鬱屈した想いから刺したのだろう。


 そして、それは、ユーリアではないし。


 ゲームでタモンを負かしたくらいで勝ち誇るエリザベートではもちろんない。


 ずっと寝てるのかと思いきや、なにやってんだろうな、あの人は、と思ったとき、軽やかに塔の石段を登ってくる音がした。


 ヤンかシリオかタモン様を寄越してください、と言ったが、この軽やかな足音と、腰に下げた剣の揺れる音は――。


「未悠様っ。

 お待たせいたしましたっ」

と仔犬のような笑顔でヤンが駆け込んでくる。


 可愛いが、もっとも頼りないヤンを何故、アドルフが寄越したのかは、わかる気はした。


 ……アドルフ様。


 私の貞操が無事なら、命はどうなってもいいのですか。


 しかし、とりあえず、この事情のまだよくわからぬ異世界で、一人旅でないのはありがたい。


「ヤン、ありがとう」

とその手を取ると、ヤンは俯き、赤くなる。


「ちょっとどうなるかわからない旅だけど、付き合ってくれるかしら?」


 ヤンは、

「はいっ。

 喜んでっ」

と居酒屋か、という勢いで答えてきた。





 ヤンを未悠の許に送ったあと、アドルフは落ち着きなく、部屋の中を歩き回っていた。


 未悠が王の許に行ったことは、もうユーリアにも知れている。


 渋い顔をしていたユーリアだが、あまりの息子の落ち着きのなさに、今は椅子に座り、呆れたように息子を見ていた。


 ヤンかシリオかタモンを送れ、と未悠は言った。


 たぶん、一番使える男だったのはシリオだったろう。


 よくあちこちお忍びで、ちょろちょろしているようなので、旅のことも周辺国のこともよくわかっているだろうから。


 タモンも本人はたいした力ではない、と言っていたが、多少、不思議な力が使えるようなので、頼りになったかもしれない。


 ヤンが一番使えないのはわかっていたのに、とアドルフは足を止め、森の方を窺う。


 自分は、一番、未悠が男として興味を抱きそうにないヤンを送ってしまった。


 ヤンの方もまた、未悠に対しては、恐れ多いという思いが強いので、手を出したりはしないだろうし。


 命にかえても未悠を守ってくれるだろう。


 ……だが、命にかえて、守ってくれたところで、ヤンは簡単に死体になって、転がりそうだ。


 ならず者たちの肩に抱えられ、連れ去られる未悠の姿が頭に浮かんだ。


 まあ……そのまま、哀れ、悪党の餌食に、ということはなさそうな女だが。


 むしろ、悪党たちが心配だ。


 未悠に散々にやられた挙句に、金銀財宝まで奪われそうで。


 だが、それでも、心配なことには変わりない。


 ああ……っ。

 未悠っ! と何処かの動物園のクマのように苦悩するアドルフを見ていたユーリアは、


「……もう、あんたが行ってきなさいよ」

と、どうでも良さそうに呟いていた。




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