お前、年寄りをうやまおうという気はないのか



 帰り道、駿が言ってきた。


「今度の日曜日、行ってみるか?」


「何処にですか?」

と近いので、短いマンションまでの道のりを歩きながら未悠は訊き返す。


「俺たちを育ててくれた恩人というか、余計なこと言いやがった人というか……」


 恩人というか、ともう一度、繰り返したあとで、

「園長の墓にだよ」

と言ってきた。


「そうですね」

と言いながら、ふと思う。


 日曜日か。

 それまで、私は此処に居るだろうか?


 いきなり、あの世界に飛んだりはしないのだろうか。


 アドルフやシリオやエリザベートの顔が頭に浮かんだ。


 もう一度会いたいと思ってしまったが、理性は、あれは夢だと告げていた。


 そう。

 あれはきっと、ただ一度見ただけの夢なんだ。


 例え、今、此処に居るのと変わらないくらいの現実感があったとしても。


「しかし、我々は似てますかねー?」


 電柱の側のポリバケツの上に寝ている黒い猫にちょっと驚きながら、未悠は訊いた。


「まあ、あんまり似てはいないが」

と駿は言う。


 そうだ。

 私とこの人よりは、この人とアドルフ王子の方がよく似ている。


 でも、あの人、女じゃないから、実は妹でしたってことないな、と思う。


「……似てないよな、やめとくか」


 ぽつりと駿がそんなことを言った。


「なにをですか?」

と問うと、


「兄妹であることをだよ」

と大真面目に言ってくる。


「それ……やめとけるもんなんですか?」

と言うと、ちょっと笑った。


 マンションの入り口で駿は足を止める。


「見ててやるから、入れ。

 部屋に着いたら、電気をつけてから、電話しろ」


「……帰るんですか?

 上がってお茶でもどうですか?」


 送ってもらったのに、そのまま帰すのも悪いかと思い、そう訊くと、

「いや、いい。

 ちょっと自信がないから」

と駿は言う。


 今は真っ暗な未悠の部屋を見上げ、言ってきた。


「なにかしておけばよかったな。

 そしたら、諦めがついたのに」


 諦め? と訊き返すと、未悠を見下ろし、

「運命に逆らう覚悟だよ」

と言ってくる。


「必死に築いてきた今の位置も、大事な家族も捨てる覚悟だ」


 まっすぐに見つめて、そういうこと言ってこないで欲しいんですけど……と思いながら、未悠はその視線から逃げるように俯いた。


 運命か、と呟いた駿は、

「運命の女だと思ったのにな」

と言う。


「俺のような男には、マヌケなお前でちょうど釣り合いが取れると思ったのに……」


 あのー、貴方、本当に私のこと、好きなんですかね? と思っていると、未悠を見下ろし、言ってきた。


「未悠」

「はい」


「キスしてもいいか?」


「は……


 いいえっ」

と叫んだが、駿は腕をつかんでくる。


 逃げようとすると未悠に、

「大丈夫だ、兄妹でも。

 日本以外では普通のことだ」

と言う。


「で、でも、貴方、日本生まれの日本育ちですよね?」


 そう確認するように問うと、

「大丈夫だ。

 イギリスに一ヶ月ほど留学してたから」

と言い出した。


 いや、なにひとつ、大丈夫ではない気がするんですが……と思って身構えた未悠の頬に、駿は、そっと口づけてきた。


 そのまま、すぐに手を離すと、


「明日、遅れんなよ。

 それと、日曜日は墓参りに行くから、空けとけ」


 おやすみ、と言う。


 そして、未悠の背をマンションの入り口に向かい、突いた。


 早く行け、と言うように。


 上へ上がるまで見ていてくれるようだった。


 未悠は振り返りながらも、中に入っていった。


 ガラスの向こう、暗がりに立つ駿の姿を窺いながら、エレベーターに乗り込んだ未悠は頬に手をやり、そのままじっとしていた。


 なんでだろうな、と思う。


 いろいろと上手くいかないな、と。


 あのそっくりな王子のおかげで、この人のことを忘れられそうな気がしていたんだが――。


 今、駿が、自分が怯えた風だったのを見て、口にするのをやめて、頬にしたのに気づいていた。


 強引な人だけど、やさしいところもあるんだと知っていたけど……。


 今、もう一度、それを知りたくはなかったな、と思いながら、未悠は駿の番号の入ったスマホを見つめる。






「おーい、未悠。

 例の剣……」


 ふと思いついたことがあり、新たに未悠の部屋となっていた大きな王子妃の部屋の扉をノックしかけたシリオは、未悠がもう居ないことを思い出した。


 ……あのボケはいつになったら、帰ってくるんだ。


 このまま帰ってこなかったら、あの鬱陶しい状態になった王子をどうしたらいいんだ。


 ようやく、自分が真実、王の子であると知って、晴れやかな気分になる間もなく、未悠に消えられ、アドルフは最早、その存在自体が鬱陶しい状態に成り果てていた。


 未悠、帰ってきて、責任を取れ、と思っていると、向こうから、タモンが歩いてきた。


 相変わらず、女性の使用人が無駄に彼の世話を焼きたがり、つきまとっている。


「お前もだっ」

といきなり、タモンに向かい言うと、ひっ、と怯えたその若い娘は、申し訳ございませんっ、と頭を下げて、行ってしまった。


 いや、お前を怒ったわけじゃなかったんだが……と思ったが、その娘が去ってくれたので、シリオはタモンに詰め寄る。


「お前が未悠を未悠の世界に送り返したんだろう。

 なんとか呼び戻せないのか。


 何百年も生きているくせに、この役立たずっ」


「……お前は年寄りをうやまおうという気はないのか」

と言ってくるタモンに、年寄りらしく、老けて、若い娘にモテなくなってからそのセリフを言ってくれ、と思った。


 だが、一応、年長者であるということは思い出したので、軽く咳払いし、口調を変えて言う。


「早く未悠を呼び戻してください。

 未悠が居ないとなんだか城の中が落ち着かない感じではないですか」


 すると、タモンは周囲を見回し、

「ある意味、落ち着いているような気がするんだが……」

と言ってきた。


 ま、まあ、確かに……と思っていると、タモンは、

「だが、まあ、悪かったな。

 王子も落ち込んでいるようだが、お前も落ち込んでいるようだからな」

と言ってきた。


「私がですか?

 私はなにも落ち込んでませんが?」

と言ったのだが、


「そうか?

 未悠が居なくて、退屈そうだぞ」

と笑って言われ、どきりとしてしまう。


「ま、まあ、騒ぎを起こす人間が居ませんと暇ですからね」

と慌てて言ったが、タモンは、


「アドルフ王子じゃなくて、お前が未悠が居なくて、寂しいんだろう?

 お前、未悠が好きなんじゃないか?」

と言ってきた。


「そんな莫迦な……」

と鼻で笑おうとしたが、畳みかけるように言われる。


「そもそも、未悠を此処に連れてきたのは、お前なんだろ?

 ということは、お前が未悠を見て、これはいいと思ったんだろうが」


 いや待て。


 それで、未悠を王子に捧げるとかおかしくないか? と思ったのだが、何百年も生きている人間にそう言われると、そうかなーと暗示にかかりそうになる。


 まあ、幾ら寿命だけ長くとも、ただ寝ていただけでは、なんの人生の経験値も上がらないので、人を見る目ができているということもなさそうだが、と思いながらも、どきりとしていた。





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